本研究は、社会調査における質的調査(聞き取り調査)の技法を用いた、中国朝鮮族の跨境生活に関する研究である。 本研究により次の2点について明らかにした。まず第1に、複数の事例に対する、生活史の聞き取り調査によって、その跨境生活の実態を明らかにした。調査では、家族の生活史を聞き取るなかで、特に跨境生活のなかで直面する日常的な困難、その解決方法・工夫を聞き取った。第2に、調査結果から、既存の社会保障のシステムのありよう(彼らが必要としながらも享受しえない現行の社会的サービスなど)と、何がそこで発生する彼らの不便・不利益を補う役割を果たしているのかを明らかにした。この作業を通じて、国家や地方自治体のような行政区界のガバナンスと、そのような行政区界の境界に収まりきらない跨境生活空間におけるガバナンスとのズレを問い、民族ネットワークがその調整のために果たす役割を明らかにした。 本研究の特色は、国家や地方自治体といったトップ・ダウンの視点からのみガバナンスを考えるのではなく、人々の生活というボトム・アップの視点からもガバナンスを考えようとする点にある。本研究は、単なる海外在住者ではなく、跨境生活を生きるがゆえに、国家や地方自治体のような行政区界内のガバナンスに収まりきらない人々に注目する。 本研究の成果は、地域は、政府間制度などの「上からの地域主義」とNGOや企業活動が進める「下からの地域化」によって形成されるという議論(Pempel,2005)に対し、双方の領域のズレを検討に加える必要があることを示唆する波及効果をもつ。
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