研究計画最終年度にあたる本年度は、多元主義の観点から特に日本近代哲学の特質を再検討するという本研究の所期の目的に沿いつつ、時代的には中世及び現代まで広げ、また具体的な社会的・政治的問題に焦点をあてて考察した。最も大きな成果は、戦後日本の政治思想を代表する丸山眞男において、ジェイムズやデューイに代表されるアメリカ・プラグマティズムの多元主義的ヴィジョンがきわめて高く評価されており、その政治哲学の中核に据えられていることが確認できたことである。丸山は、戦中より、三木清や務台理作を含む京都学派の「社会存在論」構築に強い批判的関心を向けていたこともあり、今後の研究の展開にとってきわめて大きな意義を有することが明らかとなった。 さらに、「核と人類は共存できぬ」の言葉で知られる森瀧市郎(1901〜1994)の思想と実践の意義を、京都学派の末裔のそれとして捉え直すことができた。京都帝大で、西田や田辺に学んだ森瀧は、広島(文理)大で教え、「英国倫理研究」(1953)で博士号を取得しているが、被爆体験を経て、「慈の文化」としての「平和倫理」を唱導するに至った。イギリスの公共的倫理の伝統を踏まえた森瀧の思想は、戦後同じように、「死の時代としての核時代」について語った師・田辺元の思想も及ばぬ切迫性・具体性をそなえており、こうした森瀧の思想の再評価は、哲学研究の枠も越えた、広い意義を認めることができよう。 京都学派の最盛期は1920-30年代であり、「国家と戦争」の問題に関しては、関連社会科学の理論を考慮することなしには、単なる思想史的研究の域を抜け出ることが困難であると思われる。すでに提出されている批判も真正面から受け止め、かつ文学・社会学などの関連諸分野における最先端の知見とも照らし合わした上で、日本哲学の現代的意義・可能性を明らかにすることを目指して行きたい。
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