本研究は、精神科臨床の現場で遭遇する倫理的ジレンマ状況を明らかにし、精神科臨床に携わる専門職対する教育のあり方を検討することを目的としている。 精神科医師へのインタビューを通じて、医療保護入院および措置入院を決定する際の自立尊重に関すること、抗精神病薬の非告知投与に関すること、守秘義務が対立した場合の対応、精神疾患の早期介入の実施と早期介入の実施とその介入方法をめぐる問題、未成年者への対応をめぐる問題、精神科以外の医学的介入を行う際の自立尊重に関すること、老年精神医学における問題、利益相反に関することなどに日常的に遭遇していることが示唆された。 これらの倫理的ジレンマに対応するための教育方法としては、実際に精神科臨床現場で遭遇した事例をもとに模擬事例を作成し、ジョンセンらによる臨床倫理の四分割表を用いたグループワークを実施する方法が効果的であった。 本年度は欧米諸国の精神科専門職の職能団体が規定している倫理綱領について検討するとともに、非自発的入院の決定に関与する専門職への教育体制について調査した。各団体の倫理綱領では、患者の尊厳および人権の尊重、守秘義務、無危害、搾取の禁止、最善の利益の提供、専門職間の自主規制、社会への責務などはほぼ共通して遵守すべき項目に挙げられていた。オーストラリア・ニュージーランド王立精神科学会では、倫理綱領に反する行いに対する罰則規定が厳格であり、実質的な医療活動が不可能となる場合もあるなど、我が国と比較して反倫理的行為に対する専門職間の自主規制の体制が整っている状況が示唆された。教育体制としては、英国のsection 12 doctorsとしての資格を得るまでの必須トレーニングでは模擬事例を用いたグループワークが重視されていた。我が国においても今後専門職教育に倫理的課題に関するグループワークを取り入れることを検討していく必要があると考えられる。
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