前年度の論文『中間領域の創造性』において新たな課題となったのは、メルロ=ポンティが基本的には音楽についてはほとんど言及していないにも関わらず、音楽的なものが彼の存在論における「見えないもの」のはたらきを考えるに当たって、側面からの光を当てることができるのではないか、という点であった。 最終年度は、この点についてさらに考察した。メルロ=ポンティがプルーストの「小楽節」に関する記述を行っていることから、言葉と存在の関係性に関する問題を間に挟み込むことによって、この点を明瞭にすることができるのではないか、という着想を得た。これに基づいて、まだ検討すべき論点が多いため研究ノートとして『ことばと音楽/存在(序説)』をまとめた。 今回の補助金全期間について概括する。アンリの芸術論との比較を論文『直接性の隔たり』によって行い(これは前補助金の成果の一環である)、ここでまず音楽の問題が浮上してきた。また、メルロ=ポンティの存在論の性格について論文『メルロ=ポンティと二分法』で検討した(これは前補助金の成果を発展させたものでもある)。次に、パウル・クレーの「造形思考」とメルロ=ポンティの「肉」の思想との接点を探ることに重点を置いた(論文『中間領域の創造性』)。これによって、メルロ=ポンティの『眼と精神』におけるクレーの意味が、セザンヌの意味との比較において明らかになった。これは同時に、身体論から肉の哲学への重点の移動が持つ意味をも照射するものであった。そしてここでも浮上してきた、上記メルロ=ポンティにおける音楽性の問題をさらに考察すべく、『ことばと音楽/存在(序説)』をまとめた。 以上、当初細目としては掲げていたテーマのうちには未着手のものがある一方で、考察を進める途上で、予想していなかった音楽という問題・論点が出現してきている。この意味で本研究の重要な点での進展は大きかったと考えている。
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