研究課題/領域番号 |
24520031
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
藤本 一勇 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (70318731)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 国際情報交換 |
研究概要 |
本年度は、デリダの初期における言語論・記号論的差延と、現象学批判における時間論的差延との、二種類の差延概念について中心的に研究を進めた。主な文献は『声と現象』『エクリチュールと差異』『グラマトロジーについて』『哲学の余白』『散種』である。言語論・記号論においては、日常的かつ伝統的な対象指示としての言語観・記号観、また情報理論やコミュニケーション論が前提とするメッセージと符号化という情報概念を、デリダがソシュール言語学の成果を活かしつつ、そこに差延の運動を読み込んでいくプロセスを明らかにした。さらにソシュールの主張する差異のネットワークとしての言語システムのなかにも、デリダは差延の動向を読み込んで脱構築するが、そのときソシュール自身が言語学者として踏み込めなかった時間と空間の問題を強くソシュールのテクストから抽出し、それをフッサールやハイデガーの現象学と存在論に接続していく点を、デリダ独自の視点として考察した。その結果、言語論的・記号論的差延は必然的に現象学的・存在論的差延へと問題が深まっていかざるをえないことが確認された。 現象学との関連では、とくにフッサールの時間論のなかにデリダがどのように差延のモチーフを読み込んでいくかを研究した。注目されるのは、デリダが単にフッサールを現前の形而上学者としてのみ批判しているのではなく、フッサール自身がすでに差延としての時間の特性を記述しており、フッサールをエクリチュールの哲学者とみなすことも可能だという、新たなフッサール像をデリダが提起していることである。この点は従来フッサール対デリダという対立図式でのみ捉えられてきた関係性に再考を迫る成果を挙げられたと考える。またデリダは時間の伝統的特権性を疑問視し、むしろ「空間化」espacementこそが時間と空間との差延関係を支える根本的な運動と考えている点を明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
一年目の計画どおりに研究を進展できたと考えている。言語や記号における差延運動については伝統的記号概念、情報科学的記号概念、ソシュール的記号概念、オースティンの言語行為論における記号概念との関係すべてにおいて、デリダの差延概念を検討できた。また十分とは言えないまでも、マラルメ、アルトー、ロートレアモン、ポンジュといった詩人たちの言語論との関係についても検討し、前述の理論的言語論ではやはり言語上の差延の運動は取りこぼされる傾向にあり、むしろ文学的言語のうちにこそ言語的差延のポテンシャルがよく活用されている点も浮き彫りになり、デリダがなぜ文学言語に注目するのかというところまで明らかにできた。 また現象学、存在論関連ではフッサールの時間論・空間論の可能性と限界をデリダを通して検討し、現象学にとっても差延の根源性が重要であることが、フッサールとデリダの比較検討から確認できた。とくに声やエクリチュールの問題ばかりでなく、経験の根源的な水準ですでに形相が一種のエクリチュールとして作動している様をデリダのフッサール批判(『発生の問題』『「幾何学の起源」序文』『声と現象』等)を通して浮き彫りにした。 ハイデガーとのかかわりは今年度はまだ十分に研究できなかったが、時間の優位性に対するデリダの異議申し立て、その理論装置としての空間化(espacement)の問題が、デリダとハイデガーにおいてどのように展開されているかを検討した。ハイデガーとの関係は引き続き研究していく。
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今後の研究の推進方策 |
言語論的・記号論的差延、時間的・空間的差延の大きな枠組みを明らかにした一年目の成果のうえで、二年目以降は差延問題に関するさらなる研究の深化を進める。とくにハイデガーとの関係で、ハイデガーの技術論とデリダのエクリチュール論、差延論がどのように絡み合うのか、ピュシスの退隠としての存在の贈与および時間の贈与をデリダがいかに差延の問題として書き換えていくかに注目する。 また差異化=延期としての差延概念を考えた場合、フロイトの精神分析はきわめて重要な位置をしめると考えられる。意識と無意識の関係、エネルギー論と局所論の関係、等々、フロイトが提出した精神分析の諸理論は、様々な形ですでに一種の差延論とみなすことが可能だからである。デリダもそうした方向性でフロイトを脱構築していると思われる。これを心的システムにおける新しい差延と言えるかどうか、またそれは言語・記号的差延や時空的差延とどのような関係にあるか、それらのあいだに齟齬や軋轢はないのか、といったことを研究課題としていきたい。この精神分析との関連で真理概念がデリダにおいてどのように扱われているかを検討する。伝統的な主体の認識と客体の存在との合致という真理概念ではなく、かといってハイデガーのように世界の開示の可能性としての真理概念でもなく、デリダは対象の隠蔽された欲望を明らかにするという状況的真理概念を提示しているように思われる。デリダがそれを「真理」という言葉で呼ぶことはないが、彼の脱構築作業の全体が、隠された欲望の様態の開示としての一種の「真理」を目指しているということを明らかにしたい。これは三年目に中心的に研究対象となる政治的差延、倫理的差延に関する分析の基盤となるはずである。
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次年度の研究費の使用計画 |
文献・資料購入(特に今年度は精神分析関連の文献購入に力を入れたい)がメインであるが、夏にはフランスおよびアメリカへの資料調査出張を予定している。また資料のデータ化や作業効率向上のためにコンピューター機器やソフトの購入も考えている。
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