古代インド仏教世界に伝わる,僧団のための法律集である「律蔵」を研究対象とし,その内部に存在する矛盾点,断絶点を綿密に調査することで,律蔵が成立してきた歴史的経過を解明するという研究。これにより,最終的にはシャカムニ生存時の仏教僧団の実体を解明できるものと期待される。今回の一連の研究により,律蔵の新古層が大枠で把握できることとなった。アディカラナ(僧団内の裁判規定)の概念変化や,第二結集記事の成立過程の解明,さらには波羅提木叉条文内部の新古層の決定など,従来の研究では未開拓であった領域を新たに発見し,その詳細な研究により,律蔵成立の状況が,具体的な「章単位」で理解できるようになった意義は大きいと考えられる。具体的に言うなら,最古層が比丘波羅提木叉の条文,第二層が比丘尼波羅提木叉,比丘・比丘尼両方の経分別部分およびサマタけんどの後半部分を除くその他のけんど部各章,第三層はサマタけんどの後半部分,そして第四層は附随である。また,『摩訶僧祇律』の第二結集記事が他の律の当該個所と相違している理由も判明し,『摩訶僧祇律』が新たな再編集によって生み出された律蔵であるという私の仮説を裏付けることもできた。 雑多な情報の集積である経典とは違って,律蔵は全体が法的合理性により有機的に繋がっているため,今回の発見を切り口にして,さらなる構造解明への道が開けた。今後は,この研究方針を継続し,律蔵成立過程の全容解明に向けて努力していきたい。
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