本研究では、一般信徒の日常生活における実践、特に消費というレベルで進む(再)イスラム化に焦点を合わせた。消費行動のなかでも食行動に特化したのは、それが最も根源的な性格を持つからである。エジプトとマレーシアを比較すると、エジプトとは異なり、マレーシアでは食のイスラム性を保証するシステム、「ハラール認証」の制度が深く浸透していることが確認された。エジプトのように人口の圧倒的多数がイスラム教徒である国では、食のイスラム性に関して人々のあいだに疑いというものがそもそも存在しないのに対し、マレーシアの場合、中華系の非イスラム教徒が多数存在し、イスラムの規範に適っているか否かを問う必要があるという差がある。これによって、異なる規範を持つ他者との恒常的な接触がイスラムの規範に対する意識を高めるということを確認できた。 次にラマダーン月の断食と共食という実践に焦点を当て、これらがイスラム教徒の自己像とどう関連しているかを明らかにした。この月の断食とそれに伴う日没後の断食明けの食事が重要な意味を持つのは、断食をする者がイスラム教徒であり、かつ断食明けの食事を共にする者こそ断食をした者だからである。近年顕著なのは通りにテーブルを設置し貧しい人々にこの食事をふるまう「ラマダーン・テーブル」という実践である。この月における食の施しは伝統的なものであるが、それが公開された場で行なわれるようになっている。これまさに、生活世界への非イスラム的な価値の侵入により揺るがされたイスラム教徒意識を補強するものとして、開かれた場での「イスラム性」の可視化が求められていることを示している。これらの事例から明らかになったのは、日々の生活をイスラム化しようという意識の高まりが人々の日常的な消費行動を決定し、さらにそれに応えようとする市場がグローバル化が進む状況にふさわしい新しい「イスラム性」を作り上げる構造である。
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