本研究は、申請者が従来から行ってきたイスラームの生命倫理研究を発展させ、できるだけ広い分野の生命倫理に関する議論を古今の関連文献を読解しながら文献学的に分析し、最新の議論の動向も追いながら、現代イスラームの生命倫理の全体像を解明しようするものである。生命倫理の諸問題を、以下のテーマに分けながら分析してきた。1)初期胚(避妊、中絶、ES細胞)、2)先端医療(iPS細胞やクローンなどの再生医療や脳死と臓器移植)、3)安楽死と尊厳死、4)生殖補助医療。 今年度は、とくに生殖補助医療の問題について研究した。スンナ派については、エジプトのアズハル機構元総長のファトワー(法的回答)や、ファトワー提供ウェブサイトにおける回答を主に参照しながら、どの程度まで生殖補助医療が認められているのかを分析した。スンナ派では、夫婦間の人工授精および体外受精のみが許されており、原則として第三者の介入(配偶子提供や代理出産)は許されない。これは親子の血縁関係を重視していることが要因であろう。 一方シーア派では、もちろんスンナ派と同様の解釈もあるのだが、法学者の判断がさまざまであることがわかった。その理由として、法学者の理性重視の法解釈というシーア派法学の特徴が根底にある。また一時婚という、期限を決めた結婚が許されている点もシーア派の生殖補助医療に大きな影響を与えている。一時婚が必要かどうかは、姦通とは何かという定義にも関係する。そのため、シーア派では配偶子の組み合わせや一時婚の必要性の有無によって多様な見解が生じてくる。このような柔軟な解釈の背景にあるものを今後も探っていきたい。
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