本研究の目的は、近代中国におけるナショナリズム形成にキリスト教がどのようにかかわったのかを解明し、さらにそのこと自体がキリスト教側にどのような影響を与えたのかを考察することであった。当初の予定では、平成26年度は蒋介石が国民生活全般の向上と民族意識の喚起を目指して発動した「新生活運動」にキリスト教が大きく関与していることに注目し、その実態を明らかにすることを計画していたが、一昨年度及び昨年度と研究計画を一部変更したため、中国のキリスト教界がナショナリズム形成への関与という使命を実現する最も効果的な手段とした「キリスト教教育」を中心に研究を進めた。 これまで中国ナショナリズムとの関わりの中でキリスト教教育が論じられる際には、1920年代に顕在化するキリスト教と民族主義との対立の側面ばかりが強調されてきたが、今回の研究を通じて、それ以前の時期にはキリスト教教育者たちは「国民精神(national spirit)」の涵養を自らの使命とし、キリスト教精神によってこそこの使命を完遂させることができると確信し、中国政府もまたそうしたキリスト教側の動きをある程度好意的にとらえていたことが明らかになった。1920年代のナショナリズム昂揚期には、キリスト教教育の帝国主義支配が徹底的に批判され、キリスト教側はキリスト教教育の自由を犠牲にする、すなわちキリスト教科目を必修から外す形で「中国化」をはかる後者の道を選んだ。この選択には「キリスト教教育の自由」か「中国の学校」かの二者択一を迫られた末という面もあるが、今回の考察から、キリスト教がすでに「中国化」を志向していたこともあわせて多面的に見るべきことが確認できた。平成26年度は上記の研究と並行して、キリスト教の「中国化」の議論に弾みをつけた1890年前後の宣教師たちの言説を、英国人宣教師グリフィス・ジョンの発言を中心に考察した。
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