本研究は、映画観客像の変容を歴史的・社会的文脈に照らし合わせながら解明することを目的としてきた。具体的には、(1)それぞれの時代の多様な言説においてどのような映画観客像が想像されてきたのかを分析すること、そして(2)その分析を通して、社会主体というものがどのように考えられてきたのかを考察することが大きな狙いであった。この二つの目標を達成するために、「民衆」「大衆」「国民」「皇民」「市民」といった、近代日本の社会主体を指すものとして使用されてきた概念・カテゴリーを切り口にしながら、それらとの関連で映画観客がどのように規定されたり問題にされたりしてきたかを検討してきた。 本年度は、「市民」に焦点を当て、戦後の日本でこの概念がどのような意味合いで使用されてきたかを検討しつつ、映画が市民運動の中でどのように利用されてきたのか、さらには映画以外のメディアとの関係をも考慮に入れつつ市民による自発的な映画上映がどのように行われてきたのかを考察した。その成果は、二本の論文(“Networking Citizens through Film Screenings: Cinema and Media in the Post-3.11 Social Movement”および“Problematizing Life: Documentary Film on the 3.11 Nuclear Catastrophe")にまとめ、共著書に所収されることが決定している(現在、両著書とも正式の契約に至っていないため、本報告書の一覧には記載していない。)また、関連する講演・口頭発表をブリン・マー大学(米国)、ウォリック大学(英国)、カルチュラル・スタディーズ学会(フィンランド)、オタゴ大学(ニュージーランド)で行った。
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