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2012 年度 実施状況報告書

厚生芸術の基礎研究

研究課題

研究課題/領域番号 24520199
研究種目

基盤研究(C)

研究機関栃木県立美術館

研究代表者

山本 和弘  栃木県立美術館, 学芸課, 特別研究員 (30360473)

研究期間 (年度) 2012-04-01 – 2015-03-31
キーワード厚生芸術 / 熱学 / 教育 / 環境 / ソーシャル・アーティスト / 芸術経済学 / 医療 / 労働市場
研究概要

「厚生芸術」は21世紀の少子高齢化する社会において社会に実益をもたらす芸術の可能性を研究し、「ソーシャル・アーティスト」という新たな概念としての創造的資源を社会に提起することを目的とする。
H24年度は芸術家の労働市場をミクロ経済学の観点から研究を進め、従来「例外的経済」といわれてきた芸術の経済がけっして例外的なものではない、という現実を明らかにした。そこでは19世紀以降に高揚した芸術の神話性が社会全般に作用し、芸術を非社会的な特殊性の相のもとで見るハビトゥスが芸術関与者のみならず、芸術非関与者にも広がった実態を精査した。しかし芸術家の生産行動と労働選好を通常の経済学に照らすとそこで浮かびあがるのは、芸術の特殊性ではなく、経済的未熟性である。よって、この未熟性をミクロ経済学的合理性に当てはめることによって、芸術家の生産効率性と労働市場の拡大は21世紀の社会にとってのフロンティアとしての大きな可能性を秘めていることがあきらかとなった。
狭義の芸術家がいまだこのような状況にあるため、広義の芸術家、すなわち一般の人々の創造性は当然のことながら開拓されず冷温保存されているという芸術家ヨーゼフ・ボイスの警鐘が妥当する。
一方、21世紀の経済的フロンティアである医療・福祉は芸術との相互作用によって大きな市場と創造性開花の場をつくることが予想されるが、アーティスト・ドクター(医者アーティスト)は歴史的にもきわめて少なく、富裕層の代表としての医療関係者がコレクターとして芸術とかかわるという20世紀的状況は変わっていない。創造性を開拓するドクターとしてのアーティストは今後重要な社会的資源となるが事例があまりにも少なく、より広範な調査を行わなければならない。
この個別研究は創造性が経済的・社会的資源になることを最終的に社会に向けて提案する「ソーシャル・アーティスト」研究の前哨である。

現在までの達成度 (区分)
現在までの達成度 (区分)

2: おおむね順調に進展している

理由

本年度は比較的調査しやすい芸術家の生産性と労働市場を文献とフィールドワークによって行ったため。具体的には芸術家の個別の特性を捨象し、ミクロ経済学の手法に準じてモデル化した一種の形式的研究であったために、一般の生産者や消費者との差異を明確にモデル化しえた。
従来の研究は芸術家の特殊性が一般化しえないことを強調したため、生産舎と消費者という経済学的ポジションが逆転している現状を抽出しえなかった不備を明らかにすることができた。また、需要と供給のミクロ経済学の基本にモデル化した芸術家を当てはめることによって、芸術家が一般の需要と供給のシステムからみると未熟な経済活動をおこなっていることが明らかとなり、経済的強者と弱者に極端に分かれやすい状況も明らかとなった。
これらにより、芸術系大学においては芸術制作の従来型カリキュラムでは片手落ちであることが明らかになり、それを補強する一般的な経済システムを訓練することによって、創造性が空回りすることなく経済的実質性をもって社会というフィールド(従来の美術館やギャラリーという制度外の広大なフィールド)で活躍する素地を身に着けることが可能となる。これは日本だけの問題ではなく、西欧的制度をまねた世界全体に当てはまる。
本研究がすすめる従来の制度の枠を経済的基礎研究によって打ち破った芸術家は、社会に有用性を発揮しうる創造性の真の開花をもってアートワールドからではなく、社会全体から認知されるソーシャル・アーティストとして生産者へと転換することが可能となる。
現状の芸術家の労働市場の貧弱さはミクロ経済学的モデル化によって比較的容易に説明可能であり、かつ改善可能であることを明らかにすることができた。
残念ながら今年度はこれらの成果を出版の形でまとめる機会を得ることはできなかった。

今後の研究の推進方策

初年度は芸術家の生産実態と労働市場のフィールドワークで調査しながらも、経済学的モデル化によって、その問題点をいわば演繹的に究明する方法をとり、おおむね成功した。
今後はより実態を正確に分析するために、これまでの研究モデルを多角化するとともに、生身の芸術家へのアンケート調査を実施し、その生産性と労働選好の実質を帰納的に数値化することによって、これまでのモデル化によって明らかにした芸術家の労働市場の未熟さを明白にし、これまでの芸術系大学が再生産し続けてきた社会から遊離した自称芸術家ではなく、社会に実質的に貢献しうる芸術家、すなわちソーシャル・アーティストの中枢を養成する機関へのトランスフォーム(変換)するための基礎データを収集する。
これは18世紀以来神話化されてきた芸術家像への根本的な変革をせまり、社会の生産活動の中心にこれまで狭義の芸術概念に限定されてきた偏狭な芸術家像を創造的インダストリーとしての胎動の事例も摘み取っていく。これは現代の先鋭的企業はかつての個人としての芸術家の役割を集団、ユニットとして時代に即して継承するものであり、その萌芽は十分に認められながらも、それらが創造性の一部としての旧来芸術に限定されてきたにすぎないことを実証し、社会における芸術の意義そのものを変換する。
しかし、成長分野といわれる医療や環境と芸術との一面的な関係の希薄さを実証的に明らかにするとともに、アーティスト・ドクター、アーティスト・エコロジストといったソ-シャル・アーティストの活躍の場、すなわち雇用そのものを具体的に創出し、芸術系大学が今日的意味での創造性の発電所となるべき役割と具体的カリキュラムの策定を目指す。これらの研究がすすめば、より大きな政策提言として日本の資源としての創造性が開花する場と機会を労働市場として開拓していく。

次年度の研究費の使用計画

アンケート調査の実施。サンプル数は1000を目指す。本研究でのアンケート調査は日本国内に限るが、より進化した研究においては海外の芸術先進国をも射程にいれる。本研究の協力者によれば、大きな経済成長をとげながらも芸術市場が停滞したままの日本は極めて珍しいサンプルである。本研究は机上の研究ではなく、創造性が実質的国力として国際競争力をもちうる個別の芸術産業を育成することを目指すため、将来の他国の研究は日本の優位性を確保するための戦略的なものとなる。
まず今年度はアンケート調査とともに、社会的有用性をもつものとすでに認知されている科学と芸術の産業ハビトゥスの差異の研究、そして創造的企業の経営者としてすでにソーシャル・アーティストを実践している企業家と芸術家との差異をもフィールドワークとマルチ分野交差研究によって明らかにし、最終年の提言へとつなげたい。
なお、最終的には「厚生芸術」と「ソーシャル・アーティスト」が21世紀の社会が養成する創造性の資源として定義づけ、いま芸術とよばれて限定されている分野を社会に解放する。そのことによって、人々の眠っていた創造性が開花することによって、少子高齢化する社会は逆に活性化しうる可逆的エントロピーとして創造性を社会的に位置づけ直す未開の荒野への研究を前進させていく。すなわち、本研究と同じ方向を模索する他分野の研究者たちの開拓も必須の課題となる。
数少ない先例であるアーティスト・ドクターは現存、物故も含めて世界中に散在しているが、地道な調査でその重要性と困難性をも見極めたい。

  • 研究成果

    (2件)

すべて 2012

すべて 雑誌論文 (2件)

  • [雑誌論文] リアルジャパネスク 世界の中の日本現代美術2012

    • 著者名/発表者名
      山本和弘
    • 雑誌名

      リア

      巻: 29 ページ: 74

  • [雑誌論文] 山本糾 光・水・電気2012

    • 著者名/発表者名
      山本和弘
    • 雑誌名

      リア

      巻: 28 ページ: 28

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公開日: 2014-07-24  

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