研究課題/領域番号 |
24520200
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
勝山 稔 東北大学, 国際文化研究科, 准教授 (80302199)
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キーワード | 井上紅梅 / 井上商店 / 井上安兵衛 / 諸官省用達商人名鑑 / 寺田寅彦 / 宮田芳三 |
研究概要 |
中国白話小説の受容に多大な貢献を果たした井上紅梅の受容活動と事跡に関する研究を実施している。本年の研究実績は大きく2つに分かれる。第一には国立国会図書館及び横浜市中央図書館で発見された『諸官省用達商人名鑑』及び『京浜実業家名鑑』における井上紅梅の養父の実家「井上商店」の記述の発見である。『京浜実業家名鑑』によると、井上安兵衛の経営する井上商店は、幕末における洋物商の先駆的存在で、明治五年から陸軍省の御用達となり、現在に至るとある。また井上商店の所在地が明確化したほか、当時の陸軍衛生部の求めに応じて包帯の製造機械まで事業を拡大していた。更に『諸官省用達商人名鑑』によると、井上商店は、西南戦争・日清戦争・日露戦争を機会に事業を拡大し、自前で繃帯材料製造工場・医療器械製造工場を創設。井上商店が製造する繃帯の特徴は、専売特許を取得した縮織繃帯であり、この縮織繃帯は陸軍薬局方の規定品に採用されていた。また『諸官省用達商人名鑑 第二回前編』によると縮織繃帯を発明したのは、井上商店の店員・宮田芳三であった。彼は明治一四年生まれで、紅梅と同年の出生。明治二七年に井上商店に入店した。宮田芳三は文学を趣味とし、彼の文学創作活動は井上紅梅のそれを遙かに凌ぐものであった。井上紅梅の文学活動を従来は寺田寅彦の影響によるものと判断していたが、今後は宮田芳三にも調査を行うこととした。また第二には井上紅梅の上海における研究活動である支那風俗研究会についての研究を実施した。その会誌『支那風俗』は留邦人の協力によって創刊されたが慢性的に投稿が少なく、発起人である紅梅の寄稿で維持されていた。しかし大正九年四月から雑誌『支那風俗』は一時停刊に至る。広く寄附金を募集しながら突然会誌を停刊した紅梅の判断は、その後紅梅の支援者から激しい非難を浴びる結果を生み、紅梅の風俗研究自体の変更を余儀なくされたことが判明した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本年度の研究は、論文作成作業の他、資料収集作業にも重点を置いた。その結果上述の『諸官省用達商人名鑑』及び『京浜実業家名鑑』や、雑誌『支那風俗』など、従来には井上紅梅に関する言及が行われていなかった記事が発見され、今回大きな成果として発表できた。また、まだ論文にはしていないが、井上紅梅の文学活動に多大な影響を与えた宮田芳三についても既に資料収集をおえているほか、『支那風俗』以後の紅梅の活動を知ることの出来る資料として『日刊支那事情』があるが、これらについても既に資料収集を終えている。当初予想していなかった新発見が相次ぎ、予想外の大きな収穫を得ることが出来た。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究であるが、『日刊支那事情』に関する井上紅梅の事跡を分析して論文として発表するほか、井上紅梅と同じく支那通と呼ばれる人々の斯界における位置づけがいまだに未確定である課題が残されているので、本年はこれらの課題を中心に検討を行いたい。また、殊に井上紅梅については、「資料収集作業を行えば行うほど新資料が発見される」ことが経験則的に判明してきた。まだ日本各地には未収集の資料の存在が考えられる。そのため、残された期間の中でも出来るだけ収集作業を実施し、従来斯界では「謎の男」と呼ばれていた井上紅梅の真実に少しでも迫りたいと考えている。
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