研究課題/領域番号 |
24520206
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
渡部 泰明 東京大学, 人文社会系研究科, 教授 (60191813)
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キーワード | 新古今和歌集 / 百人一首 / 縁語的思考 |
研究概要 |
1)『新古今和歌集』の文献学的研究、2)『新古今和歌集』の注釈学的研究、3)『新古今和歌集』古注の研究の三つの柱につき、研究を進めた。1)については、各地に所蔵されている伝本の資料収集に務めた。2)については、『新古今和歌集』の注釈を進展させた。この1)および2)の成果を踏まえ、『新古今和歌集』の文学史的位置づけについて、『日本文学史 古代・中世編』(2013年5月)において①「新古今集と中世和歌」の論考、および『日本文学の表現機構』(2014年4月)において②「規範」と「縁語的思考」の論考を刊行した。また、『和歌文学の世界』(2014年3月)において全15章のうちの7章を担当し、これらは全体的に1)~3)の本研究の成果を踏まえたものだが、とくに6「西行の恋歌」7「藤原定家の方法」において、集約的に示されている。また、本研究成果をもとに、次の口頭発表を行った。④能楽学会大会シンポジウム(2013年5月26日)における「和歌の本意」、⑤東京文化財研究所国際シンポジウム(2014年1月11・12日)における「歌の〈かたち〉―源俊頼の方法」、⑥日本女子大学国際シンポジウム(2014年3月22日)における「『百人一首』と定家」、⑦愛知県立大学一人称研究会講演「和泉式部から西行へ」、の四つである。とくに⑥は、新古今集古注およびそれと密接に関わる新勅撰集古注・百人一首古注との関係をもとに、定家の百人一首歌について考察したものである。中でも「縁語的思考」の新視点をもとに、中世和歌の創作方法、享受、歌集編集の表現意識を総合的に捉える成果を提出している点にておいて、成果が認められる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでの中世和歌研究においては、文献学的研究、注釈学的研究、文学史的研究それぞれが、各個別々になされている傾向が強かった。その最大の理由は、文学史的研究のうちの理論的研究が停滞しているために、文学史的展望が閉塞し、創作と古典享受と歌集編纂が、それぞれに個別論にとどまっていたことに求められる。そうした傾向に対し、本研究においては、たしかな文献学的な事実に基づき、また着実な注釈学的成果を基盤としながら、「縁語的思考」という新たな視点を導入することなどによって、作者の創作方法と、古歌や歌言葉への意識、歌集を編纂する際の方法を解明しつつ関連付け、それによって、和歌史を記述するあらたな方法を開拓しつつある。つまり、一つの歌言葉に対して、これに関連しあう言葉・イメージ群を想定し、その関係性を把捉することを通して、歌を作ったり、古歌を味わったり、作品を選び、編集したりする際に母体となる表現意識を明らかにし、これによって、和歌史の流れの動態を新たに記述することが可能になっているのである。具体的には、和泉式部・源俊頼・藤原定家らについて分析を進めたが、とくに俊頼に関しては、その歌論『俊頼髄脳』につき、ただ歌論の趣旨だけを抽出するのではなく、その表現のあり方を微細に分析し、さらに俊頼の作家方法のうち、もっとも問題性の大きい「擬人法」に焦点を当てて分析したうえで、それらの相互連関を把握することによって、中世和歌の始発に見られる表現意識を解明した。また、『新古今和歌集』の中心歌人である藤原定家については、和歌実作と『新古今和歌集』『新勅撰集』『百人一首』といった撰集の編集意識とを必然づける共通の母体を「松帆の浦」の歌言葉などをめぐって明らかにした。
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今後の研究の推進方策 |
1)『新古今和歌集』の文献学的研究については終着点は原則的にないので、さらなる精度を求めて、調査を行う。2)『新古今和歌集』の注釈学的研究については、全体の注釈を終了するよう、共同研究を含めて継続する。3)『新古今和歌集』古注の研究も未検討の領域はまだまだ存在するので、この調査・分析を進展させる。とくに問題なのは、今回の研究成果の中心である、「縁語的思考」という視点の検討である。和歌史の分析に有効な視点として、発表以降各方面から高く評価されているが、様々な歌言葉において検証していかなければならない。まずは『新古今和歌集』的な方法が凝縮している歌言葉である、「煙」「雲」などの例をもとに、検証を続行する。さらに、対象は和歌だけにとどまらないことが、研究過程の中から明らかになってきた。平安・中世の漢詩文にも、「縁語的思考」は存在することが判明してきたのである。和歌と漢詩文の「縁語的思考」の共通点と相違点を明確にするために、本視点の有効性に深く賛同している和漢比較文学の研究者である佐藤道生慶応義塾大学教授との共同研究を企画している。もってこの視点の有効性と対象領域の広さを物語っている。その上で、現在出版企画が進行している、中世和歌史を総合的に分析し記述することを目的とした、『中世和歌史論』(仮題)の著作の重要な基盤とするつもりである。この著作は、10世紀から15世紀までの和歌史を、和歌実作・歌論・歌集編纂・伝授等の相互連関を動態として記述することを目指している。
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