神奈川近代文学館蔵の野間宏『青年の環』の原稿類や刊本に関してデータベースを作成し、各種資料相互の比較を容易に行えるようにした。その結果、改稿のたびに作品の解釈可能性が深められる様相が明らかになり、この点に、『青年の環』の「全体小説」としての特質が認められることが理解された(『神奈川近代文学館蔵・野間宏「青年の環」草稿原稿資料総覧』私家版、2015年5月)。 また、野間の「全体小説」論について、三島由紀夫や大岡昇平、武田泰淳、中村真一郎など他の戦後作家たちの作品、フランス、ドイツ、ラテンアメリカなど世界各国文学における「全体小説」論、および「全体」をめぐる哲学思想と関連付けて考察した。その結果、全体小説論には、その論者(および論者の生きた地域や時代)それぞれの特性があるが、野間の場合はヘーゲル、マルクス、サルトルらの思索を発展させつつ、日本語による小説創作の可能性を極度に追求しようとした試みの一つであることが理解された(編著『全体と部分』弘学社、2015年3月/論文「昭和三十七年の全体小説論」、「中村真一郎手帖」2014年4月所収、ほか)。 以上の考察により、野間の『青年の環』や、これを生んだ日本の戦後文学における、他の作家の諸作品(三島由紀夫『豊饒の海』、大岡昇平『レイテ戦記』など)が、世界文学として捉えた際に、極めて注目すべき水準に達していることが具体的に明らかになった(『野間宏「青年の環」と三島由紀夫「豊饒の海」』(仮題)、新典社、今秋刊行予定)。
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