研究課題/領域番号 |
24520234
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 東海大学 |
研究代表者 |
堀 啓子 東海大学, 文学部, 准教授 (60408052)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 尾崎紅葉 / 黒岩涙香 / Bertha M. Clay / Charlotte M. Brame |
研究概要 |
本年度、報告者は尾崎紅葉及び黒岩涙香という特定の人物に的を絞り、研究を進めてきた。 まず、尾崎紅葉に関しては単著『和装のヴィクトリア文学』(東海大学出版会、平成二十四年七月)を上梓し、尾崎紅葉の代表作のひとつに数えられる明治二十八年の『不言不語』に関する論をまとめた。内容は、紅葉が『不言不語』を執筆するにあたって参照し、下敷きとした英書のcheap editions をBertha M. Clayの” Between Two Sins”と措定し、両者の内容を比較考証したうえで紅葉のオリジナリティーを探り、原作となった“Between Two Sins”の全訳も付したものである。 次に、黒岩涙香に関しては、拙論「明治翻訳界のフロンティア」(『文学』岩波書店、平成二十四年七月)において、その明治三十年代の作品「椿説花あやめ」とイギリスの原作との比較考証をおこなった。この原作もやはりBertha M. Clayの手になるもので、その原作は”Her Mother’s Sin”というイギリスが舞台のcheap editionsであるが、従来までもこの作者の作品を好んでいくつも翻訳(翻案)の原作としてきた涙香は、ここに至り、文体を変化させている。この点にも注意し、涙香がこの時代特有の翻訳文化のなかで〈余裕訳〉を定着させたというのがこの小論の主軸となっている。 また、申請時に交付申請書に記載させていただいた、日本側の翻案作品から調査するという課題に関しては、平成二十四年九月の日本比較文学会東京支部例会において、「明治中期の翻案小説」と題し、明治二十~三十年代に発表された代表的翻案小説にみられる、無名の洋書cheap editionsへの傾倒とその影響関係について考察した内容を発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
申請者は平成二十四年度の研究目的と研究計画に照らし、おおむね順調に研究が進展していると考えている。この判断基準は、以下に挙げる三つの点に関する自己点検に因るものである。 第一に、本研究は、各時代において重要な文学史的役割を担いつつも、通俗的もしくは無名であるという理由のもと注目されることなく文学史にうもれてきた翻訳や翻案を発掘し、その原作や背景を掘り起こし、同時代の日本の作家がそこから獲得した近代小説の手法を明らかにすることを目的としている。そのため、該当する明治期の作品は、新聞や雑誌に連載されたのち、いちど単行本化されただけで全集や著作集などに収録されることもないものが多い。結果的にそうした作品の入手自体が研究に限界をもたらしていた。だが、本研究補助金により、こうした作品の初版単行本を入手することが可能となり、十分な調査の機会が得られた。同様に、原本の確認のために遠隔地の文学館や作家ゆかりの図書館に赴くことで貴重な資料を入手することも可能となり、初期段階の研究を円滑に進めることができた。 第二に、研究対象の原書となる、英米で出版されたcheap editionsに関する調査には、やはり現地の研究者からの情報が欠かせないが、こうした情報に関しては学会関係者や英米の同分野の研究者から密接な情報提供や協力を得られており、とくにCharlotte M. Brameに関してはご子孫の協力も得られて貴重な同時代資料を提供されており、それらは平成二十四年に出版した拙論や拙著に、公表が本邦初となる資料として盛り込むことができている。 第三に上記二つの工程を経て、該当する翻訳および翻案のリスト化に着手することができた。最終的に、どの年代までを該当範囲とし、どのような形にまとめるかなどを、次年度以降に持ち越す形であるが初年度研究計画の予定に則ったかたちで進めることができている。
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今後の研究の推進方策 |
平成二十四年度の報告者の研究は、尾崎紅葉および黒岩涙香を初めとする、明治期の作家や作品を中心に進められてきた。そこで、今後の研究は当初の予定通り、大正期の作家の翻案作品も視野に入れて進めていきたい。この大正期を焦点化するにあたり、二つの方向性を念頭において研究を進める。 まず、申請時に申請書の研究目的欄に記したように、菊池寛、徳田秋聲、菊池幽芳、田山花袋らの作品に注目したい。大正時代の前期は、新聞が発行部数を飛躍的に伸ばした時代であるが、それに寄与した新聞小説の功績は大きい。そして新聞小説自体もそれまで以上に多くの人々の目に触れるようになり、画期的な進歩を遂げていく。そうしたなかで、これらの文士はいずれも大正時代に新聞小説で人気を博し、新時代を切り開いていくのだが、いずれもその作品のうちにcheap editionsの翻案と目される作品があるのが特徴である。だがそうした彼らの作品のなかには、原作の特定がなされていないものもあり、原作の存在自体あいまいな作品もある。それらの個々の作品の背景をひとつでも多く措定することに努めたい。 つぎに、大正時代には『新青年』という雑誌が創刊されたことも視野に入れ、探偵小説の分野にも注目していきたい。自然主義の勃興によってやや下火になっていた探偵小説は、この時代にふたたび流行の機運を見せ始めた。とりわけcheap editionsと認識される無名の洋書のミステリー小説が換骨奪胎され、翻案されることでこうしたムーブメントがより高まった時代といえる。こうした背景に鑑み、この時期の探偵小説中の翻案作品を焦点化することで、明治時代の涙香や紅葉とも異なる、より明確な日本的翻案の手法を浮き彫りにしていきたい。
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次年度の研究費の使用計画 |
報告者の研究にとってはまず何よりも、明治時代および大正時代に上梓された作品およびその原著と目されるcheap editionsをできるだけ多く確認することである。しかし先にも記したとおり、明治、大正期の作品のなかには未だ全集などに所収されることもなく、単行本も初版だけで版を重ねていない作品も少なくない。当時としては人気もあり、注目度も高かった作品であっても、その作者が夭折した場合や寡作であった場合、短編小説などにこの傾向が著しい。しかし、そうしたなかには現代の視点からでも、文学作品として看過しえないものもあり、それらに洋書の影響が感じられる作品もある。翻案や翻訳であることが表面化していない以上、何か下敷きとしている洋書があれば無名のcheap editions の原書であると考えられ、報告者の研究対象となる。しかしそうした作品を精査するにあたり、初出であった地方新聞や雑誌が散逸して入手しづらいことも多く、初版単行本が必要となるが、多くは希少価値が高く、古書として高価なものとなる。 同様の理由で、洋書のcheap editions も、当時は廉価版であったものが現代ではその希少性から英米の現地でも価値が上がっている。ただ近年ではcopyrightのきれたものからリプリント版なども出版されており、それらは廉価で購入可能である。こうしたリプリント版は、当時の出版作品を誤植なども改訂することなくそのまま印刷しているために、原書と大きな乖離はないものと認識できる。そのため出版されていないもののみを古書店で購入し、併用するかたちで調査にあたりたい。また、それでも確認が難しい作品は英米で、所蔵している図書館に直接赴き、現地調査を行う予定である。 よって、報告者の研究費は日本の古書およびcheap editionsの入手、あるいは現地での調査のための費用として使用する計画である。
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