研究課題/領域番号 |
24520234
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研究機関 | 東海大学 |
研究代表者 |
堀 啓子 東海大学, 文学部, 教授 (60408052)
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キーワード | 尾崎紅葉 / 黒岩涙香 / 菊池幽芳 / Bertha M. Clay / Charlotte M. Brame / Sexton Blake |
研究概要 |
本年度、報告者はCharlotte M. Brame(筆名は Bertha M. Clay )とSexton Blakeを中心に、研究を進めてきた。 まず、Charlotte M. Brameに関しては、Bertha M. Clay名義を含めると、千作は優に超えるとされる彼女の作品のうち、その最も知られている作品である長編Dora Thorneの翻訳を続けている。この作品は末松謙澄が明治時代に日本にもたらしているが、謙澄が手がけたものは改変や省略も見受けられ、いっぽうの菊池幽芳にはこれをもとにした作品があるが、こちらは翻案であった。そのため、まずは完訳をおこない、両者の比較につなげることを目している。 また従来のCharlotte M. Brameにくわえ、同じくイギリスのcheap editions にて爆発的な人気を博したSexton Blakeの背景について「廉価版小説の翻訳への意識」(『日本近代文学』第89集 日本近代文学会 平成二十五年十一月)のなかで言及した。Sexton Blakeは、あるミステリーシリーズの総称である。ただCharlotte M. Brame には、Bertha M. Clay という筆名のもと、多くの偽作者がいたように、Sexton Blakeシリーズも二百余りの作家によって書き継がれている。前者が、一話完結で一人の作家によるものと装われたのに対し、後者は一人の探偵の作品という体裁をとる。そのため、じっさいの書き手については注目されていない。ただ、おそらくは複数作家によって書き継がれたという同じ理由から、Sexton Blakeも現代では忘れ去られている。 だがSexton Blakeは、じつは大正時代に創刊された『新青年』によって紹介されている。黎明期の日本のミステリーの翻訳において多大な役割を果たしたことに着目した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
申請者は平成二十五年度の研究目的と研究計画に照らし、おおむね順調に研究が進展していると考えている。判断の基準は、以下三つの点に関する自己点検によるものとした。 第一に、昨年度の報告書の「今後の研究の推進方策等」でもふれたが、Sexton Blakeという新たな研究対象を焦点化できたことが挙げられる。報告者の研究内容は、文学史のなかでは看過できない役割を持ちながらも、無名の通俗的内容の作品という理由で、従来見過ごされてきた翻訳や翻案を掘りおこし、その原作や背景を明らかにすることで、それが同時代の日本の文学にどのような影響をもたらしたかを整理することを目的としている。そのため、Sexton Blakeという、大正期に脚光を浴びて日本の『新青年』誌の発展に寄与した作家にたどり着けたことで、これまで明治時代の家庭小説に特化しがちであった当該研究に、新たな基軸をもうけることができたと考えている。 第二に、Sexton Blakeをはじめとするcheap editions出身の作家やシリーズを確認するにあたり、英米の研究者や作家のご子孫の協力を戴くことができたことの意味は大きかった。ご子孫と密接に連絡をとることにより、彼らのご先祖の作家の作品が、じっさいにどのようなかたちで同時代の現地で受容されていたかなど、じっさいに彼らのご先祖の日記や個人所蔵の資料などを提供され、確認しえたことで理解につながげられた点は多い。 第三に、本補助金により、国内外に現存する原典や作品の初版資料を入手することが可能となり、現地でも十分な調査の機会が得られた。また、各地の文学館や作家ゆかりの図書館に赴くことで貴重な資料を入手することも可能となり、こうした作家作品の体系的な整理につながった。そして最終年度に、これらをふまえて著作にまとめる予定であるために、その準備を円滑に進めることができた。
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今後の研究の推進方策 |
平成二十五年度の報告者の研究は、前年度までの尾崎紅葉および黒岩涙香を初めとする、明治期の作家や作品の研究をふまえ、大正期の作家の翻訳や翻案も視野に入れて進めてきた。主として注目してきたのは家庭小説の分野である。家庭小説はどちらかといえば若い女性に読まれる傾向にあり、訳者たちには家庭の読み物にふさわしくあるべく、描写や内容に制限が求められた。そのため、訳者の意図にかかわらず、そうした意味で翻訳や翻案に規制がかかった部分も多かった。そこで最終年度は研究計画に沿って、初期の『新青年』をはじめとした若い男性向け雑誌に掲載された翻訳や翻案に着目し、研究を進めていきたい。 大正時代に創刊された『新青年』という雑誌は、現代では探偵小説雑誌の代名詞という認識であるがはじめからミステリーに特化していたわけではない。ただ、日本の青年たちに刺激をもたらす読み物として英米の小説を重視しており、それも文豪の大作ではなく、ライト感覚の読み物としてcheap editionsから、その多くの原作を求めたのである。そのため、ミステリーに限らず冒険小説や怪奇小説など訳者はより自由に原書を選べることができたのである。その選択の傾向におそらくは当時の日本の創作には足りなかった何かが浮き彫りにされると思われる。この背景を精査することで、当時の日本の翻訳者、翻案者たちが何を求めようとしていたのかを整理していきたい。 なお、原書となるcheap editions は、元来は文字通り廉価であったが、現代ではその希少性から英米現地でも価値が上がっている。copyrightのきれたものでリプリント版として出版されたものを確認しながら、出版されていないもののみを古書店で購入し、併用するかたちで調査にあたりたい。また、それでも確認が難しい作品は英米で、所蔵している図書館に直接赴き、現地調査を行う予定である。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度使用額は、cheap editions のうち、リプリント版で出版されていない洋書の古書の購入に充てたい。特に最終年度に研究する予定のSexton Blakeに関しては、単行本のみならず、雑誌や映画のパンフレットの付属ページに記載されたものが多々あり、図書館や資料館だけではなかなか確認作業が難航することが予想される。 そのため、実質的には入手する費用が当初の算出よりかさむと考えられ、本年度の支出をおさえることで次年度に繰り越した。 The Amalgamated Pressによって、イギリスで出版されたSexton Blake Libraryを中心に、洋書の古書を購入し、森下雨村ら、初期『新青年』編集者、執筆者が翻訳、翻案した作品の原作を措定したい。だがこのシリーズを含め、Sexton Blakeものは200人以上の作者によって、4000を超える作品に登場する。そのため、まずは当該シリーズの原書をできるだけ多く確認することを目的としたい。
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