研究の最終年度にあたった二十六年度は、三年間の研究の集大成として、当該研究で入手し確認してきたcheap editionsとそれらをもとに翻訳、翻案された日本の作品の比較対照作業を行った。そのうち、特にミステリーにかかわる個所に関しては、以下のような背景をまとめた。 まずSexton Blakeシリーズの数作が『新青年』に掲載されたことを江戸川乱歩の回想から再考し、現代には読まれなくなったこの原書の、同時代における有用性を検証した。またHugh Conwayの長編小説 Dark Daysと、黒岩涙香の『法庭の美人』を比較することで、原作にはない涙香の創意を浮き彫りにした。さらに、Arthur Conan DoyleのSherlock Holmesシリーズを翻案するに当たり、同時代読者に合わせるべく換骨奪胎した水田南陽の『不思議の探偵』シリーズにおける工夫点を整理した。以上の点は研究成果の一部として、拙著『日本ミステリー小説史』(中央公論新社)に明らかにしている。 また先の年度から『東海大学紀要 文学部』に分載している、Charlotte M. Brame原著の長編小説Dora Thorneの翻訳を引き続き行うことで、末松謙澄が明治二十年代初めに翻訳し出版した『谷間の姫百合』における変換がどのような方向性を示すのか分析し、同時代の貞女神話がこうした翻訳にも顕著に表れていたことによって、文学における訳者の、読者に向けられた教導的な意義を明らかにした。
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