本プロジェクト「もう一つの精神史」の目的は、日本の良き理解者とされるラフカディオ・ハーンこと小泉八雲の日本における受容・表象の在り方を検証し、近・現代日本の隠れた精神史を明らかにすることにある。多くの日本人にとって、ハーンが大切なのは、ハーンの実際に残した作品や人物のためではなく、「古き良き日本」としての記号のためであり、これは明治以来の急激な近代化による文化喪失の問題と深く関係がある。そのため、本プロジェクトでは、研究対象を研究者以外(研究者の受容については先行研究がある)の知識人やポピュラー・カルチャーまで広げ、より包括的なハーン像の検証を試みた。三年目の最終年度では、ポピュラー・カルチャーにおける受容を検証した。具体的にはハーンに関する小説や漫画、山田太一の『日本の面影』などのテレビドラマ、『サライ』などの一般紙(非学術誌)におけるハーン特集号などの資料を収集し、その内容を分析した。また、小泉八雲記念館(松江・熊本・焼津)における展示物やコメントパンフレットなどのハーンの表象をテキストとして分析した。知識人の小泉八雲像には、民俗学者としてのハーンから、軍国主義的ナショナリストとしてのハーンなど、様々な受容の在り方がみられるが、ポピュラー・カルチャーにおいては概ね、「虫の声を愛ずるハーン」といった、柔らかく、非政治的で「女性的」なものが多かった。ポピュラー・カルチャーにおけるハーン像は富国強兵や軍国主義などで疲れた精神を癒し、尚且つ日本人としてのアイデンティティを再確認するために作り出されたものであることが明らかになった。また、最終年度の今年度は、三年間の研究のまとめの論文を書き上げ、知識人とポピュラー・カルチャーの受容の違いなども明らかにした。最終年度における研究はほぼ計画通りに進んだ。
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