近世の抄物を通覧して、その全体像をあらかたつかんだ。そのうえで、近世の注釈書と比較する準備を行った。 なかでも宇都宮遯庵の『錦繍段』に対する注に注目した。同一書を対象として、抄物と注釈書双方を著したのは、宇都宮遯庵のみである。彼の抄物から注釈書に移行する際に、どのようなことが起きているかを考察した。その一つに、語釈がある。抄物は、逐一熟語に注を付けないが、注釈書には各語に注を付けるという傾向がある。しかも、宇都宮遯庵の『錦繍段詳解』には、一般的な熟語の用例を上げようとする傾向がつよい。これは岩国徴古館における彼の蔵書をみると、手控えの書があって、そこには熟語が羅列されている書の存在が確認される。ここから考えると、宇都宮遯庵注釈の過程は、室町的な鑑賞から近世的な語釈に移行していることがわかる。 この『錦繍段』注釈と並行して、葛西因是の『通俗唐詩解』の典拠を模索した。同書は、金聖嘆の『選批唐才子詩集』にその範をえているが、同時に明代・清代の詩論にも影響を受けていることが分かった。このことは当時の近世詩論の趨勢であると考える。それは格を中心として、文字と文字の関係を探っていくという方法である。 それは、また『錦繍段抄』が経た経緯でもある。このような『錦繍段抄』と唐詩選集の注釈とめぐって、近世抄物がどのような位置にあったかを探っていったが、同時に他の書物を対象とした注釈、つまりは杜詩や『古文真宝』についての注釈にも、手を広げていった。
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