平成28年度は、近世における伊勢物語場面理解を明らかにするための調査と研究を行った。対象とした資料は葛岡宣慶が関与したとされる伊勢物語である。宣慶は十七世紀後半に大坂に住んだ公家で、現存する伊勢物語カルタ、写本、絵入り写本には彼との関わりを指摘される資料が少なくない。当時の伊勢物語受容を検討する上で注目すべき人物といえよう。そこで、彼の署名を持つ写本や絵入り写本について調査したところ、その挿絵と同じ構図を持つ絵入り写本が複数の描き手によって制作されていた可能性が高まった。さらにその構図は承応三年(1654)に京で刊行された伊勢物語の挿絵とも共通しており、これらに示された場面理解が十七世紀後半に上方を中心にひろまっていたと推定されたことから、研究発表を行った(「葛岡宣慶と『伊勢物語』」)。当該発表に関してはその後に行った調査もふまえた論文執筆を計画している。 本研究では、研究期間(平成24年~28年度)を通じて、中世以降の伊勢物語の場面理解の多様性と変遷について、物語の本文や挿絵、注釈書、絵画、工芸などジャンルを超えた複数の資料を対照することで分析を行った。なかでも伊勢物語カルタについては、先行研究が限られており、資料の全体像や所在の把握が困難であったが、各所蔵機関や所蔵者の理解や協力を得ることができ、資料調査・撮影を行い、整理と分析が可能となった。その結果、カルタの札の図様には、先行する伊勢物語絵の影響を受けた描写、物語本文から乖離した描写、注釈書などでは明文化されない場面理解を図示した描写など、さまざまな特徴を認めることができた。そこで、それらの知見にもとづき、伊勢物語受容資料としてのカルタの位置づけに関する私案を提示した。また、伊勢物語カルタの図様について、現段階で三グループを確認できることもあわせて指摘した。
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