ハーバーマスの公共圏概念では、女性がこの文化圏にどのように参加してきたのかが明確になっていなかった。そのため、文化の商品化について考える際に、消費者としての女性の役割、そして消費の対象としての女性の役割については十分に検討がなされてこなかった。その点を踏まえ、最終年度の研究では、女性の欲望、想像力、快楽、美徳をめぐる様々な言説を対象に、公共圏における近代的主体の歴史性について、ジェンダーの観点から検討した。初年度の研究で扱った作品群では、「展示され、消費されることを欲望する女性」と同時にそのような女性を制御する18世紀公共圏文化のあり方が確認できた。そして、このような二面性を軸に、文化の商品化が公共圏に与えた社会的影響について理論的に考察を加えることが可能になった。さらに、「想像の快楽」を主張するアディソン、シャフツベリー、さらにはバークに共通する中立的・抽象的な快楽一般を追求する美学をも研究対象に加えることができた。こうして、商品化された文化とは異なる種類の、いわゆる「上品な」文化創造の検討へと領域を拡大していった。その上で、ジョン・ゲイの代表的作品である『乞食オペラ』を精査した。その結果、この作品は、18世紀演劇界で空前の大ヒットを飛ばした作品であったが、その後の上演で、異性装が取り入れられたことがわかった。『乞食オペラ』の諷刺が、当時のウォルポール政権に対する時事的、政治諷刺であることは間違いないが、それだけではなく、ジェンダー諷刺でもあったことを考えると、その後の人気はこの隠れたジェンダーの問題が徐々に「物質性/重要性」(materiality)を帯びてきたためであると考えられる。こうして『乞食オペラ』自体を批判する小説の可能性を今後、様々な小説作品の読解を通して行う必要が明らかになった。
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