研究課題/領域番号 |
24520264
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 岩手大学 |
研究代表者 |
境野 直樹 岩手大学, 教育学部, 教授 (90187005)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 近代英国演劇 / 挿入歌 |
研究概要 |
前年度のリサーチの結果解明されてきた、近代初期ヨーロッパにおける音楽と数学、天文学の言説の相関について、さらに調査を重ねる一年となった。主として1当時の英国における音楽理論に纏わる文献を読み解く過程で、錬金術やカバラなど、「魔術」として近代科学的合理主義の言説にその座を明け渡すことになる知の体系の彼方に、ピタゴラスやアリストテレスの言説が強い影響を与えていること、2それらの言説がいくつかの演劇作品の挿入歌の意味作用に、こんにちでは忘却され失われてしまっている効果が期待されている可能性について考察した。これらのいわば「忘れられた」音楽の効果についての知見は、たとえばシェイクスピア『テンペスト』における音楽の効果が、プロスペローの魔術の本質にかかわるものであること、さらに同作品がmasque(宮廷仮面劇)の構造をなぞり、かつ放棄するデザインをおそらくは意図的に纏っていることなどの仮説へと展開されることになろう。さらに、王政復古期、さらには王立協会の設立などで、急激に進む科学的合理主義が、逆説的ではあるが、劇中音楽の形骸化・記号的退行をもたらす様子についても、その手がかりを得つつある。近代は音楽の魔術性を喪失したのだ。 上記の知見を得るために、当該年度においては研究者にとって膨大というべき史料の精査が不可欠であったこともあり、年度内にその実績を論文や学会発表のかたちで残すことができなかったが、次年度以降、順次成果は公表できるものと確信している。また、当該年度の研究を通じて、貴重な一次資料の所在について、アメリカのFolger Shakespeare Libraryや英国British Libraryなどに具体的な情報を得ることができた。この準備状況を経て、次年度は海外での一次資料の閲読を中心とした活動を行う。これにより、本研究は当初の計画に概ね沿ったかたちで続行可能と思われる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
前年度までに解明された、演劇における音楽のコンテクストとしての数学的思想の体系の重要性について、本年度はより具体的、かつ体系的な調査を行うことができた。年度内にその成果を活字や学会発表で公開することができなかったことだけは想定外であったが、それはむしろ、研究すべき対象の規模・多様性に起因することであり、次年度以降の研究の奥行きを保証してくれる豊かな鉱脈を探り当てたことの証左であると考えている。また、本年度の調査によって、海外の稀覯史料の所在情報なども明確なものとなり、これによって、次年度は効率的な調査旅行を計画することが可能となった。 劇中の挿入歌を研究対象とする本計画において、当初クリアすべき大きな問題のひとつであった、楽曲情報の検索・整理・再生・評価の方法については、パソコン上に構築したデータベースにmp3形式のファイルで格納し、iPodを用いて検索・再生を容易にできるシステムを構築したことで、方法論的には一応の解決をみた。この点も、今年度の達成度について評価できる点であると確信している。 劇中で音楽が求められる文脈について、それは単なるBGMなどではなく、すぐれて意味のある効果、言外の意味(重要なことに、時には台詞と相反しさえする意味)を期待されていることが、シェイクスピアの同時代のいくつかの作品において想定されている可能性がある。このことが明らかになるにつれて、音楽についてもまた(T.S.エリオットのことばを借りれば)、現代のわれわれはdissociation of sensibilityに陥っている可能性を考慮しなければならない状況がみえてきた。前年度までは想像すらできなかった、演劇において、登場人物の台詞に背反する効果をもつ音楽の可能性について、次年度は研究することになる。以上、新たな知見・方法論的進歩などを総合して、本研究は概ね順調に進行中であると考える。
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今後の研究の推進方策 |
前年度までの研究を踏まえ、今年度はいよいよ大英図書館やエジンバラ大学、また可能であればFolger Shakespeare Libraryなどで、主として当時の楽譜や図版の閲覧を行うことで、前年度までに得られた仮説の検証を行いたいと考えている。具体的には手書きによる楽譜や音楽・数学理論の融合を示唆する図版の閲覧とその画像ファイル化、その作業に起因する新たな文献情報や楽曲情報の収集と整理が主たる作業となる。また作成済みのデータベースの機能改善と、収集したデータの流し込みも、今後の作業のうちで大きな割合を占めることになるだろう。さらに、次年度以降は文学研究者のみならず、図版・図像学や音楽学、美学の専門家の知見を得るためにも、暫定的であっても研究成果をとりまとめ、関係学会、研究会での発表にまでこぎつけたいと考えている。 本研究は、演劇作品中での挿入歌の演劇的機能について考察することを目標としていたが、研究を進めるうちに、近代初期ヨーロッパにおける精神文化全般にわたる音楽の果たす意味作用そのものへの関心へと研究対象の拡大をみつつある。この発展性を本研究者はたいせつにしたい。今後はより広い射程での書記文芸全般と脱・非言語的記号としての音楽との相互関係の考察へと発展的に研究を展開したいと考えている。
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次年度の研究費の使用計画 |
本年度実施する海外調査に関係して、収集した資料の整理、検討を進めるうちに必ずや生じるであろう補足的情報収集の必要性にかんがみて、少なくともあと一回は渡英しての調査の機会を持ちたいと考えている。場合によってはFolger Libraryへの出張が必要となるかもしれず、その場合は渡米も一回計画しなければならないだろう。 その上で、本研究によって解明された問題系の整理を行い、研究成果として発表できるものの絞り込み、今後の研究に発展させるべき課題の明確化とその研究のための準備(次回科研費申請につなげる準備でもある)、収集データの整理のためのデータベースプログラムの改良、さらに学会での発表と論文の作成などが、次年度(当該研究最終年度)の計画である。したがって研究費の使用計画としては、海外出張旅費、文献複写費用、データベースプログラムのアップグレード、関係領域有識者とのディスカッションのための国内出張旅費、および成果報告のための論文作成、投稿、資料作成関係の費用などを考えている。
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