本年度は研究の最終年度にあたり、過去2年間で得られた成果(主に以下の3点:1)新たな20世紀以降のユートピア・テクストの収集整理、2)ユートピア思想に関する理論的再検討、3)文学に限定しない学際的観点からの考察等)を踏まえて、ユートピア的衝動と共同体の再想像/創造という観点から学際的に総括した。 具体的には、狭義のユートピア(ディストピア)文学ではなく、ユートピア的衝動という点から、20世紀以降のSF、ファンタジー、リアリズム小説などを再検討することで、従来ユートピア文学に含まれなかったテクストを扱うことの有用性、すなわち、断片的な可能性としての共同体の構築過程を描いた作品の分析が可能になるという点を確認した。このような分析を通じ、とりわけ、共同体に関する概念が、旧来の左右のイデオロギー的観点からのみ考察されるのではなく(現実社会における左翼イデオロギーの衰退とネオリベラリズムの台頭という問題も考察に加えている)、一方で、現実・フィクション両方において、具体的な危機的状況のもとでの絆(の自然発生)を重視するものが台頭しつつあり、他方では、絆の重視に対する疑問を提示して(ネットワークによる常時接続の危険性等)、切り離された形での共同体という新たな方向が模索されていることを確認した。そして、対照的な方向性ではあるが、両者ともに、希望の原理として、未だ存在しないものを模索する力を有していることもあわせて確認した。
|