研究実績の概要 |
本研究は、F.Scott Fitzgeraldを中心とするアメリカ文学に表出した金持の自己意識を、特に労働観に焦点を当てて文化的に解明しようとするものである。初年度でFitzgeraldの主要作品を手がかりに金持文化を巡る議論の出発点となる基本的な仮説を確立したのを受けて、二年目は同時代の他の主要作家であるWilliam Faulkner, Ernest Hemingwayに対象を広げて、研究対象の拡大と深化を実現した。 以上を踏まえて最終年度に当たる昨年度は、研究課題の終了後の研究のダイナミックな展開を確保することを意識して、様々な文化の様々な文学テキストにおける表出の中で、金持文化における労働観がどのように機能するのかを解明するように努めた。 具体的には、映画、宗教、戦争といった、近代の文化や社会を扱った文学テキストが、そうした事象には必ず勤勉実直といった近代的な労働観が、国の体制を支えるものとして機能する一方、そこに生きる個人はそうした支配的な価値観とは違った文脈で生きていることを明らかにすることを示した。Nathanael Westは1930年代の富の象徴であった映画産業の周縁で富とは無縁に暮らす人々を描き、Mark Twainは資本主義を支える労働観がキリスト教教会においては信仰の原理として広まろうとしていたことを明らかにし、同じくTwainやF. Scott Fitzgeraldは国家的事業である戦争(すなわち金持の戦争)が、個人的には(すなわち個々の労働者にとっては)大義とは無縁の特殊な体験であることを明らかにした。 金持文化の文学表象研究のさらなる発展を目指して、十九世紀後半を代表することは衆目の認めるところだがわが国においては注目されることがほとんどないWilliam Dean Howells文学のそうした視点からの解明の取り組みを開始している。
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