日本で生まれたシェイクスピア『ハムレット』翻案作品に焦点を合わせ、翻案成立時にはたらく「書き換え」のメカニズムを体系的・歴史的に解明することを本研究は目指す。 本年度は、昨年度に学会で発表を行なった、堤春恵『仮名手本ハムレット』についての研究をまとめ、日本シェイクスピア協会発行予定の論文集に投稿した。さいわい採択との通知を受け、2016年出版の予定である。同稿では、作者である堤がシェイクスピアの原作悲劇そのものの「書き換え」というよりは、明治期の『ハムレット』受容の歴史の「書き換え」により大きな関心を示してていること、さらに堤が本作を通じて、二十世紀末日本におけるシェイクスピア・『ハムレット』受容のあり方を批評していることを論じた。 また、夏目漱石の『吾輩は猫である』(1905-6年)における『ハムレット』の影響について考察する論文も執筆した。漱石は悲劇『ハムレット』の翻案作品を書いたわけではないが、日本の『ハムレット』受容を考えるうえで、漱石のシェイクスピア受容を抜かすわけにはいかない。本研究では、『猫』テキストのなかにひそむ、『ハムレット』からの隠微でとらえがたい影響の跡をたどりつつ、それが次作『草枕』にも流れ込む様子を分析した。とくに『猫』のなかの二つの溺死への言及――一高生・藤村操の投身自殺と、酔っ払って鉢に落ちる猫の最期――を手がかりとして、漱石の想像力や心象風景の回路をたどった。本研究はすでに年度内に出版済みである。
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