研究実績の概要 |
平成27年度の前半は、医師・著作家のアラベラ・キニーリーによる小説と雑誌論説における老いの問題を考察した。昨年度の研究において明らかにしたキニーリーの理想的女性の身体美への執着と優生学への傾倒から発展させ、彼女の著作における老いの表象の歪みを読み解くことができた。彼女の著作は、若い身体への執着を過剰に攻撃する一方で、若さに価値を置く時代の潮流と、老いという新しい課題に直面した19世紀の人々の動揺を描き出す。また、女性のライフサイクルと心身の変化に関する指南書(Seven Ages of Woman: A Consideration of the Successive Phases of Woman’s Life, 1915) を出版したメアリ・シャリーブは、女性の老いに心の成熟という価値を示唆する。19世紀末の文化的葛藤のなかに現代社会のアンチ・エイジングをめぐる消費文化の前兆を見出すことができた。以上の研究成果については、British Association for Victorian Studiesの年次大会(テーマ:Victorian Age(s))において、研究発表を行った。さらに、平成27年度の後半は、男性医師で思想家のJames Hinton(1822-1875)の著作研究を行い、女性の身体に注がれる時代の医学的言説を多角的に検証した。また、Hintonから影響を受けたとされるフェミニスト活動家・作家のJane Ellice Hopkins(1836-1904)の文学作品と社会浄化運動の著作を読み解いた。Hopkinsは、長編小説Rose Tanquard (1876)において、医師を目指しながらも挫折するヒロインと、恋人の医師から受けるヒロインの性的暴力の経験を描き、性のタブーに挑む。この作品は『ジェイン・エア』との間テクスト性を見出すことができ、日本ブロンテ協会から依頼を受け、年次大会において研究発表を行った。また、HintonとHopkinsの著作における性道徳と欲望の葛藤に関しては、2016年8月31日~9月2日に開催される学会(University of Cardiff)での研究発表が採択されている。
|