2015年度、資料収集では、松田はグラスゴー大学を訪れ、近代初期のエンブレムブックの調査を行った。そして、Francis Quarlesなどのエンブレムが、スターリングのホーリー・ルード教会墓地やカーロスの領主館にある17世紀の墓石彫刻に描かれていることを現地にて調査した。これらのエンブレムの応用表現は、当時のスコットランドに、大陸の視覚文化が伝わっていることを示しており、帰国後の資料収集の過程で、17世紀のニューイングランドの墓石彫刻にも、エンブレム的表現が取り入れられていることがわかった。 今後、さらに調査の範囲を広げ、墓石彫刻の題材であるエンブレムが、大西洋の両岸のプロテスタント文学に、どのような影響を与えたかを解明するための足掛かりができたと考えている。また、その過程でエンブレムが近代日本にも伝播したことを明らかにし、グラスゴー大学のセミナーで発表した。 佐藤は、日本ソロー学会50周年特別号『命の泉を求めて』(松島欣哉編集)に、ソローとアラビア系アメリカ人アーティストとの接点を扱った記事が掲載された(「芸術家のデモンストレーション」)。資料収集では、ソロー関連の資料収集を中心として、関連するアメリカ文学作家として、20世紀の作家John MuirやWendell Berryに関する資料も収集した。ソローとエンブレムに関しては、『コンコードとメリマック川の一週間』に数か所、クォールズのエンブレム・ブックからの引用がなされていることがわかっているが、これがどの版に基づいているのか特定するには至らなかった。 今後は、エンブレムという用語の用例をほかの作家から見つけだし、データをさらに補強することができれば、当時の意味合いが17世紀ピューリタン文学におけるエンブレムの扱いからどのような変遷をたどったのか、考察することもできるのではなかろうか。
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