本研究は、19世紀中葉の奴隷をめぐる言説を文学としてとらえ、その間テクスト性を視座に据えながら、それらがもう一つのアメリカン・ルネッサンスを形成した可能性について、このテーマに多大な影響を及ぼしたハリエット・ビーチャー・ストーの『アンクル・トムの小屋』を中心に検証しようとした試みである。 初年度(平成24年度)は、「初期反奴隷制文学」の時代として、1850年代以前の反奴隷制文学を考察した。その際に、これまでほとんど取り上げてこられなかったリチャード・ヒルドレスの『奴隷 アーチ―・ムーアの記憶』という、スレイヴ・ナラティヴを模した反奴隷制小説の重要な意義に光をあてることができた。この作品が黒人によるスレイヴ・ナラティヴばかりでなく、ストーの『アンクル・トムの小屋』、さらに、リディア・マリア・チャイルドの『共和国のロマンス』に与えた影響を考察することができたことは、望外の研究成果となった。 次年度(平成25年度)は、この成果を踏まえ、さらにヒルドレスの『アーチ―・ムーアの記憶』が、ダグラスの1845年の『ナラティヴ』に与えた影響を比較検討した。その結果、トマス・ジェファソンらに象徴される建国の理念と現実との矛盾を追及するレトリックが、デイヴィッド・ウォーカーからヒルドレス、ダグラス、さらにストー、チャイルドへと受け継がれる系譜をとらえることができた。 最終年度にあたる平成26年度は、上記2年の成果を踏まえ、前年度のヒルドレスの研究により先送りされた、黒人女性の手になるスレイヴ・ナラティヴや小説、とりわけハリエット・ウィルソンの『うちの黒んぼ』(1859)を検証し、人種・ジェンダー・階級による差異を考察した。その結果、この作品が、ストーやダグラスも十分にとらえることのできなかった「性的搾取」の問題を含むことが浮上し、この作品からストーの『アンクル・トム』を逆照射することができた。
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