カナダを代表する作家Margaret Atwood(1939-)は、21世紀に入るとフェミニズム小説や歴史小説から大きく転換して、関心を環境に向けている。ディストピア小説といわれるOryx and Crake(2003)、The Year of the Flood(2009)、MaddAddam(2013)のマッドアダムの三部作は、人類が存亡の危機にある近未来が舞台で、環境に関わる鋭い問題意識を込めた小説である。 ディストピア小説は、George Orwellの『1984年』のように、架空の社会を描写することで、現在の社会を批判することが主眼であった。アトウッドの出世作となったThe handmaid’s Tale(1985)もそうであった。しかし、今や批判だけでは済まされない環境になっている。SF小説の世界のように、人の臓器を持つ豚、植毛用に開発された毛髪で覆われた羊など、遺伝子組み換え技術で誕生した生物がアトウッドの近未来小説ではのさばり、はびこっている。奇抜な世界のように思えるが、これは荒唐無稽な話ではない。物語が示すように人類はすでに新しい生物を作りだす手段を手に入れている。 2010年に東京で開催された国際ペン大会にアトウッドは基調講演者として招聘された。この時の大会のテーマは、「環境と文学『いま、何を書くか』」。環境破壊、種の絶滅、遺伝子工学等に警鐘を鳴らす作家は、環境の危機を人間に伝えるには、「理解の神経回路」を作る物語や文学を含む芸術が必要と強調した。この「理解の神経回路」こそ、出口のない従来のディストピア小説とは違う〈新ディストピア小説〉の構想と解釈し、マッドアダムの三部作がみせる〈新小説作法〉として分析した。 本研究は、日本カナダ文学会、日本アメリカ文学会、およびカナダにおける学会で発表し、アトウッド研究に新視点を提示することができ、意義であった。『洪水の年』(近刊)、『マッドアダム』を翻訳中である。
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