本研究では、アイルランドのモダニズム文学の主要な作品を対象として、身体表象論的分析を展開した。平成26年度は、20世紀初頭のアイルランド演劇運動で特異な位置を占めるジョン・ミリントン・シングと、第一次世界大戦後に発表した長編小説で欧米のモダニズム文学を牽引したジェイムズ・ジョイスの交友記録を精査して、両者の文学観・演劇観を比較しつつ、双方向的な影響関係について検討した。 ジョン・ミリントン・シングの演劇作品に於ける変容の概念、とりわけ矮小な自己認識から尊大なエゴの拡張を経て、新しい認識と変容に至る自己変革のプロセスが、シング作品の中で特に重要なテーマとなることを明らかにした上で、類似性の高いテーマが、シング以後に活躍したジョイスの作品に見られることを確認した。また、両者の交友記録から、シングが抱いていたジョイス観、ジョイスが抱いていたシング観を明らかにし、ジョイスがシング作品の変容思想に大きな影響を受けていたことを明らかにした。さらに、シングとジョイスの作品に於ける変容のテーマを、アイルランド現代演劇の主要な数十作品を検討した前年度のリサーチと突き合わせることで、この特殊な変容の思想が、20世紀初頭から現在までの長期的な視座で検討し得るものである可能性を明らかにした。
|