本研究は、アジア系アメリカ文学に帝国日本の占領統治がどのように表象されているかを分析するものである。2016年度は研究最終年度として、これまでの研究全体を当初の構想に立ち戻りまとめることに専念した。これまで分析を加えてきた文学作品を、A.ポストコロニアル状況の故国寄りの立場から帝国日本批判を展開する作品、B.米国植民との比較で日本植民をより残忍と位置づけて批判する作品、C.日米いずれも故国のアイデンティティをはく奪した植民者として批判する作品という当初の枠組みに沿って分類および分析を試みた。それが論文「日本の植民統治の記憶―近年のアジア系アメリカ文学に見る傾向」であり、日本侵略を扱うアジア系アメリカ文学の一覧を作成した上で、上記AからCの傾向の他に1960年代以降の作品に見られる新たな傾向を指摘した。これは直接に戦争批判を展開するのではなく、戦争の記憶を間接的客観的に明らかにした上で、読者にその評価をゆだねるという形式を取る。戦争を直接体験しない世代の作家に見られるこの傾向は注目すべきものであり、その代表としてフィリピン系作家のZamora Linmarkの慰安婦問題をテーマとした作品を分析した。慰安婦問題は2015年末に日韓合意により決着しそうであったが、政権の転覆と同時に波乱含みとなり、アジア系作家にもこの問題がなお大きな課題だと思われる。本年度もUCLAに赴きこの問題に関する研究者の見解を求めたが、現在の所マイノリティの大きな政治的関心はトランプ政権の移民政策にあり、日本植民統治に関する踏み込んだディスカッションには至らなかったのは残念なことである。
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