最終年度(平成26年度)においては、エリザベス朝末期における騎士道ロマンスの大衆化という現象を歴史的に跡づけるために、前年度に引き続き法学院の祝祭文化に関する研究を遂行した。特に、エリザベス一世の治世が転機を迎えていた1590年代に焦点を当て、ロンドン市民の間で絶大な人気を誇ったエセックス伯の台頭によって宮廷祝祭が市民への訴求力を一層強めると共に、宮廷祝祭の騎士道文化的ユーフォリアを風刺的な意図で検証する市民祝祭が法学院を中心に胚胎していたことを明らかにした。また、ウィリアム・シェイクスピアの『ヴィーナスとアドーニス』(1594)には宮廷詩人エドマンド・スペンサーの『妖精の女王』(1590)からの影響が見られる点を指摘し、1590年代の劇作家詩人の間で流行した小叙事詩(minor epic)における古典的モティーフの改変を同時代の詩人達の競合と協働という観点から考察した。 研究期間全体を通して本研究が明らかにしたのは、宮廷文化と大衆文化が相互補完的な関係にあったエリザベス朝特有の文化的風土とその文学的意義である。エリザベス朝の宮廷における騎士道ロマンス趣味は、例えば馬上槍試合に代表される様々な祝祭文化に顕著に窺うことができる。ただし、いわゆる「エリザベス崇拝」に端を発した騎士道ロマンスの流行は、決して宮廷という閉鎖的な社会に囲い込まれていたわけではない。エリザベス朝イングランドでは、中世においては王侯貴族の領有物だった騎士道ロマンスが印刷出版と商業劇場という二大メディアの成熟を機に一気に市民層に拡散するという興味深い現象が生じた。本研究は、エリザベス朝文学や祝祭文化の分析を通して、エリザベス朝騎士道ロマンスの特異性は宮廷文化から大衆文化へと浸透するこのダイナミックなプロセスにこそ見出されることを明らかにした。
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