研究課題/領域番号 |
24520329
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 大阪産業大学 |
研究代表者 |
田口 まゆみ 大阪産業大学, 人間環境学部, 教授 (30216832)
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研究分担者 |
家入 葉子 京都大学, 文学研究科, 准教授 (20264830)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 中世英文学 / 中英語 / 写本 / 黙想文学 / 方言研究 / 写字生 |
研究概要 |
ケンブリッジ大学モードリンコレッジ、ピープス図書館写本2125に収録されている受難部分『キリストの受難の黙想』の中英語訳(以下ピープス版『キリストの受難の黙想』と呼ぶ)の校訂版を作成するために、以下の研究を進めた。①本文テキスト確定(ほぼ完成)、②Glossaryの作成(ほぼ完成)、③テキストに対するCommentary(注釈)の準備、④Introduction(作品の解題、写本分析、言語分析等)の準備。 研究代表者は、特に、この写本に収録された計52編のテキストの分析を進め、受難の黙想を扱ったもうひとつの作品の原典について新しい発見を発表した(成果参照)。また、初めに個人隠修士のために作られ、その後男子修道院で用いられたこの写本に収録された文献には、元来修道女のために執筆された作品や受難の黙想、キリスト論・マリア信仰に関する文献が多いことから、中世末期の修道僧、修道女の信仰と、民間信仰の間の境界が曖昧化していたことを裏付ける資料であることを確認した。黙想文学を用い、情動を使う信仰方法が人の思考に及ぼす影響に関する認知学的論考の研究結果とあわせて、14-15世紀の情緒重視の信仰が16世紀の宗教改革、その後の自我の目覚めへと繋がっていくことについての実例を確認できたと考える。 研究分担者は、Pepys 2125写本の第2番目のテキストにおける言語的データの収集を中心に研究を行い、必要に応じて関連のテキスト、特にWest Midland方言で1400年頃に転写されたといわれている_Polychronicon_の言語やその他の15世紀の散文テキストとの比較を行った。三人称の代名詞hitとitの揺れについては、すでに学会で発表を行ったが、その他の現象についても、現在分析を継続中である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
写本学的考察: 近年注目を集めているmaterial philology にのっとり、ピープス写本が現在の形になるまでの経緯について理論的に説明し、収録文献の分析から写本の作成者、保有者、利用者について、また当時の修道者および一般信徒の信仰について考察し、発表した。 文化的考察: 上の研究から、12―14世紀にヨーロッパ全域に広がった「受難の黙想」が、15世紀を通じて、修道院に於いても一般信徒の間でも継続して、当時の信仰の中心的形式の重要な部分をなしていたことを確認した。キリストの名の崇拝、またマリアに神的力を付与する、女神信仰的傾向の継続と発展についても確認した。さらに、教会側が、情緒的傾向の過激化に対して警戒していたにもかかわらず、情緒性の高いキリストの受難の黙想を英訳聖書に代わる書として推奨したという矛盾は、外典的要素の高い受難の黙想(つまりニコラス・ラヴ訳『キリストの生涯の黙想』)を福音書と同列に置く聖書認識の表明に他ならないことを発表した。これらの研究成果は口頭発表および投稿論文(審査中)で発進したほか、すでに受理されている論文に加筆、修正する形で反映させている。 言語的考察: 言語分析では個別の作品の詳細な記述を行い、それを英語史全般のコンテキストにおいて解釈するという作業が必要になるが、少なくともPepys 2125写本の第2テキストについては、記述の部分についての全体像がかなり明らかになってきたといえる。写本の確認作業や他作品との比較の作業はまだ残っているが、今後、英語史というコンテキストでの位置づけの方に、重点を移していく準備が整いつつあると言える。
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今後の研究の推進方策 |
ピープス版『キリストの受難の黙想』の校訂版を作成するために、以下の目標に基づき引き続き研究を行う。①本文テキスト確定、②Glossaryの完成、③テキストに対するCommentary(注釈)の執筆、④Introduction(作品の解題、写本分析、言語分析等)の執筆。 写本学的・文化的考察は、24年度中の成果を踏まえ、国際学会での発表および雑誌への論文投稿によって発信していく一方、上記校訂本の注釈とIntroductionという形で整理してゆく計画である。特に、ピープス版『キリストの受難の黙想』は、ラテン語による『キリストの生涯の黙想』の部分訳であるので、近年の翻訳理論にのっとった、翻訳としての評価についての考察を進める。 言語的研究面では、上に述べたように、平成24年度の段階で、Pepys 2125写本の第2テキストについては、言語状況の概要を明らかにする作業がかなり進んでいる。ただし、研究成果として学会発表や論文として公開出来ている部分は少ないので、今後はさらなる分析に加え、研究成果の公開にも重点を置きたいと考えている。またテキストの詳細については写本の再確認が必要な箇所も多いので、この確認作業も進めていく。英語史全体の枠組みにおける位置づけの作業については、25年度以降の主な課題となる。Pepys 2125写本にこだわることなく、14世紀から15世紀を視野にテキストを選択し、比較検討を継続的に行う予定である。
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次年度の研究費の使用計画 |
研究に関連して、代表者が2013年7月に国際学会で発表することが決まったので、そのための旅費を繰り越した。
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