研究課題/領域番号 |
24520338
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
川中子 義勝 東京大学, 総合文化研究科, 教授 (60145274)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 聖書詩学 / 予型論 / 神義論 / 詩的主体 / 語り手人称 / 讃美歌 / コラール |
研究概要 |
本研究は最終的に「聖書詩学」の系譜を叙述することを目指している。そのために、宗教的修辞の展開(「予型論」の系譜)と叙述の目的論的意識(「神義論」の変遷)という二つの主題を縦糸と横糸とし、両者を織り上げる「詩的(文学的)主体」の形成を追し、これを「詩的人称」の発現としてを跡づけていく途を採る。 本年度は、この「詩的主体の形成」という新しい考察の軸を据え、その変遷の姿へ接近を計る道筋として、まずは知識社会学的な方法に習熟し、本研究へ適用する仕方について考察を深めるべく努めた。バーガー/ルックマン『現実の社会的構成』などに示される観点から、従来の文学史理解の枠組みを批判的に読み直し、問題性を押さえつつ、新たな枠組みを提起する可能性を探った。 社会が世俗化を深めていく中で、宗教的言説やその批判の中で自己を形成していく主体のあり方を追求するために、現実を客観的なものと主観的なものとの交錯と捉え、個々の作品成立や文書記述の状況に立ち戻って、具体例を丹念に収集し、少しずつ全体像を組み上げていく作業を開始した。 そのために、夏期休暇中に、ベルンハルト・ガィェック教授とのこれまでの交友関係によって支援が期待できるレーゲンスブルク大学の図書館を中心に、資料収集にあたった。本年はことに、ヨハン・ヘールマンやフィリップ・ニコライなど普通の(ことに日本における)ドイツ近現代文学の史的記述に載らない讃美歌や、説教講話などをも収集し、文学作品と同列において、その意義を尋ねた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は「詩的主体の形成」という新たな軸をたてて、社会と時代の広い裾野を展望した上で、傑出した主体形成としての詩人、作家の存立を問い直す方向を見定めることを目指している。これを修辞の問題として取り上げ、物語理論の「語り手Erzaehler」研究や「詩的〈私〉lyrisches Ich」研究の方法に則り、「詩的主体」が「詩的人称」として発現する姿を問おうとしている。 本年度はまずその最初の段階の作業を行ったが、資料収集という点ではある程度の成果を収めることができた。成果の叙述に関しては、まず第一に「聖書を主題とするドイツ詩」と題する紹介と論究、さらに、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの声楽作品に収められたコラール(讃美歌)の信仰共同体における意義を追求した「新しい歌――ヨハン・ゼバスティアン・バッハにおける」を本研究の方向に添うものとして挙げることができる。また「詩的人称」研究の端緒として、発語の意義を問い、「『問い』と『呼びかけ』」と題して、「二人称的言語」の役割を扱う文章を、広くドイツ文学の枠を越え、宮沢賢治など日本近現代詩も視野に収めつつ著した。本主題の射程が各国文学の枠を越えるためであるが、そうした観点から、日本近代において内村鑑三が果たした役割を、ドイツ啓蒙期におけるヘルダーの役割になぞらえる一文をも著した。これらは、本研究の中心部分への助走的役割を果たすものである。
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今後の研究の推進方策 |
本研究では、修辞の使用やその意識を問う文献の範囲は、詩人・作家を中心に記述する一般の文学史よりも拡大される。本研究の跡づけようとする途は独自なものであり、ドイツでも、また日本のドイツ文学研究でもこれまでまだほとんど顧みられていないため、資料収集には努力と根気が求められる。本年度すでにある程度の収集を果たしたが、まだ不十分な点が多い。ピエティスムスのように、聖俗の境界が流動的な時代、またその「自伝」のように、言説の私性・公共性の境が曖昧な時代の文献は、この方法を有効に用いうる領域として意味が大きいので、次年度に再び渡独してこの分野の資料収集に努める。 併せて次年度半ばまでに著した本研究関連の文章や、集めた資料の翻訳などを、冊子形態にまとめて、研究会資料として用いたり、各地区の研究者に配布して、評価や意見等を聴く機会を作る予定である。
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次年度の研究費の使用計画 |
該当なし。
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