研究課題/領域番号 |
24520341
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 新潟大学 |
研究代表者 |
番場 俊 新潟大学, 人文社会・教育科学系, 准教授 (90303099)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 顔 / 表象 / ドストエフスキー / マレーヴィチ / ホルバイン / 『白痴』 |
研究概要 |
19世紀後半から20世紀初頭のロシアにおける「顔」の主題の変容を、小説論/絵画論/理論研究を交差させながら明らかにするために、本年度は次の研究をおこなった。 1.小説論においては、ドストエフスキーの『白痴』(1868年)における顔の主題に関する分析をおこなった。①作品中における「顔」の主題を明確化するために、18世紀末以来のラファター的観相学の伝統との関連、ハンス・ホルバイン(子)の《墓の中の死せるキリスト》をはじめとする絵画をめぐる挿話、および写真というテクノロジーに対する言及を検討した。②ホルバインに関する資料を収集するとともに、スイスのバーゼル美術館で調査をおこなった。③『白痴』における「顔」の問題を、「他者の苦しむ顔を見る」経験の倫理という観点から考察し、論文にまとめた。 2.絵画論においては、次の研究をおこなった。①19世紀後半から20世紀初頭のロシアにおける「顔」の主題の美術史上に位置づけるために、日本国内で開催されたフェルメール、レーピン、フランシス・ベーコン等の展覧会におもむくとともに、スイスでは、ルツェルンのブルバキ・パノラマ館、バーゼルにおけるタトリンの回顧展で調査をおこなった。②マレーヴィチの芸術論に関する資料収集を開始するとともに、「芸術における新しいシステムについて」(1919年)、「神は捨て去られていない」(1922年)をはじめとするマレーヴィチの芸術論の検討に着手した。 3.理論研究においては、中世のイコン(聖画像)における反―表象主義の伝統と、近現代における顔の経験の接点を明らかにするために、ウスペンスキーとデームスのイコン論、ロトマンの肖像画論、ソンタグの二冊の写真論などの検討をおこなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1.小説論における本年度の研究計画の中心はドストエフスキー『白痴』の検討であった。『白痴』における「顔」の主題は、観相学の伝統との関連、作品中で言及される芸術作品の機能、ヒロインの肖像写真など多岐にわたり、そのすべてを取り上げることは不可能であったが、ホルバインの《墓の中の死せるキリスト》をめぐる挿話を中心にすることによって、問題を「他者の苦しむ顔を見る」経験の倫理に絞り込み、論文としてまとめることができた。 2.芸術論における当初の研究計画は、マレーヴィチ「神は捨て去られてはいない」とフロレンスキー「イコノスタシス」の二つのテクストの読解であったが、フロレンスキーの検討は次年度以降に回した。そのかわり、マレーヴィチについては、当初の予定以上の時間をかけて、当初予定より多くのテクストを検討している。また、国内外の美術館で重要な芸術作品にじかに触れ、考察を深めることができた。 3.理論研究の面では、フロレンスキーの理論的テクストの検討や、19世紀後半から20世紀初頭にかけての生理学的・心理学的言説の検討は遅れているが、そのかわり、ソンタグの二冊の写真論の綿密な再読によって、ドストエフスキーの小説における「顔」の問題を、他者の苦痛へのまなざしという現代的な問題まで拡大して考察することができた。 4.当初は本年度にモスクワのロシア国立図書館およびペテルブルクのロシア・ナショナル・ライブラリーでの資料調査を予定していたが、ドストエフスキーの『白痴』に関する研究をすすめるためにはホルバインの作品を実際に見ることが不可欠であると判断して、スイスの美術館での調査に切り替えた。
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今後の研究の推進方策 |
1.小説論では、ドストエフスキー『白痴』の検討を継続する。「顔」という主題がテクストの構造に及ぼす作用を、ドストエフスキーの創作に一貫する「多声性」の詩学との関係において特徴づけるのが目的である。具体的には、①『白痴』の語りに関するミラーやフィンケらの研究、②ドストエフスキーのノートに頻出する顔のスケッチやカリグラフィーに関するバルシトの研究、③ドストエフスキーと当時の精神医学の関係に関するライスの研究等の検討が必要である。 2.芸術論に関しては、マレーヴィチの絵画論(とりわけ、「無対象に関する著作より」1924年をはじめとする草稿)の検討を継続する。また、マレーヴィチの芸術論が同時代の他領域の言説(生理学、精神物理学、心理学ほか)と結んでいた関係について検討するために、パヴロフ、ヴィゴツキー、ヒントンらのテクストを検討する。 3.本研究で扱う「顔」の問題が、「世界像の時代」(1938年)でハイデガーが「直前に―立てること Vor-stellung」と定義した「表象」概念に対する根底的な批判を含意することは明らかであり、「神は捨て去られてはいない」や「無対象に関する著作より」をはじめとするマレーヴィチの1920年代の理論的著作と、「芸術作品の起源」(1936年)をはじめとするハイデガーの著作のあいだには顕著な類似を指摘することができる。グロイスやシャツキフらの研究を手がかりに、20世紀思想における「顔」と「表象」概念の相克を検討する。 4.19世紀後半から20世紀初めのロシアにおける写真、イコン、生理学/精神物理学/心理学関連の資料を入手し、またマレーヴィチほかの絵画作品を実際に見るために、ペテルブルクの図書館および美術館での調査を計画している。
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次年度の研究費の使用計画 |
1.小説論関連では、ドストエフスキーにおける「顔」の主題がテクストの構造に及ぼす作用を検討するために必要なドストエフスキーおよびバフチン関連書籍を購入する(ドストエフスキーのノート中にみられるスケッチやカリグラフィーの図版を含む書籍など)。 2.芸術論関連ではマレーヴィチ関連の画集、研究書等を購入する(4巻本の Andrei Nakov, Malevich: Painting the Absolute ほか)を購入するとともに、マレーヴィチの芸術論が同時代の他領域の言説と結んでいた関係について検討するために、ロシアにおける生理学、精神物理学、心理学、思想史、文化史関連の書籍を購入する。 3.顔と表象の関係に関する理論的文献、美術史関連文献、DVD資料などを購入する。 4.以下の資料調査をおこなう。①北海道大学附属図書館および同スラブ研究センターにおけるロシア・アヴァンギャルド芸術に関する資料の調査(マレーヴィチ関連文献や同時代のタラブーキンらの著作のマイクロ資料、ならびに20世紀初めのロシアにおけるイコンの再発見に関する資料)。②ペテルブルクのロシア・ナショナル・ライブラリー(РНБ)における、19世紀後半から20世紀初頭のロシアにおける写真史、生理学史、思想史、文化史関連資料の調査、③ペテルブルクのロシア美術館およびエルミタージュ美術館における調査。④その他、国内の美術館における調査。 5.表象文化論学会および日本ロシア文学会の研究発表会への出張旅費。
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