研究課題/領域番号 |
24520341
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研究機関 | 新潟大学 |
研究代表者 |
番場 俊 新潟大学, 人文社会・教育科学系, 准教授 (90303099)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 顔 / 表象 / ドストエフスキー / マレーヴィチ / ロシア / イコン / モダニズム / 小説 |
研究実績の概要 |
19世紀後半から20世紀めのロシアにおける「顔」の主題の変容を、小説論/絵画論/理論研究を交差させながら検討するために、本年度は次の研究をおこなった。 1.小説論においては、ドストエフスキー『白痴』(1868年)の検討を継続するとともに、『悪霊』(1871-72年)の検討に着手した。(1)前者については、登場人物たちが他者の顔に向けるまなざしの系譜を探るために、James L. Rice, Dostoevsky and the Healing Art (Ardis, 1985)をはじめとする先行研究を検討し、ペテルブルクのロシア・ナショナル・ライブラリーでロシアにおける観相学の受容に関する資料調査をおこなった。(2)後者については丁寧なテクスト分析を進め、(3)さらに、ドストエフスキーと漱石の比較文学的検討を試みた。 2.絵画論においては、(1)ペテルブルクのロシア美術館とエルミタージュ美術館で調査をおこなった。前者では、《赤い正方形》をはじめとするシュプレマティズム期の重要作品に加え、前年度のマレーヴィチ回顧展では比較的手薄であった1920年代後半の作品(顔のない人物像)に触れた。後者では、ロシア・アヴァンギャルドの成立に決定的な影響を与えたシチューキンとモロゾフのコレクションを調査するとともに、企画展『フランシス・ベイコンと過去の遺産』展において、前年度からとりくんでいる「感覚の論理」に関する考察を継続した。 3.理論研究においては、顔とアーカイヴの問題を考えるために、19世紀写真史に関するすぐれた論文("The Body and the Archive," October, Vol. 39, Winter, 1986)のあるアメリカの写真家・写真史家アラン・セクーラの著作に取り組むとともに、「イメージ人類学」の提唱者として知られるハンス・ベルティングの仕事を検討した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1.小説論では、ペテルブルクでの文献調査により、ロシアにおけるラファター観相学受容の特異性を確かめるとともに、『白痴』のムイシキンが言及しているカリグラフィーの書物を実際に見ることができた。比較文化史的検討では、夏目漱石の『草枕』(1906年)が、二葉亭以来の小説における「顔」の問題を引き継ぎ、同時代の西欧美術史・美術論の展開にも敏感に反応していることを確認することで、ドストエフスキーの小説との比較の糸口をつかむことができた(後に漱石は英訳『白痴』から大量の書き抜きを残している)。 2.本研究課題のこれまでの国内外の調査で、ホルバイン、レーピン、マレーヴィチ、タトリン、ベイコンらの作品に触れ、平成26年には国立新美術館で開催された『イメージの力』展で多数の仮面を観ることができた。これによって、西洋近代における「顔」の表象を歴史的に相対化する準備をととのえることができた。 3.セクーラのアーカイヴ論の再検討により、19世紀ブルジョワ肖像写真を潜在的に支えているその裏面――犯罪者や娼婦たちといった「他者」の領域を画定しようとする写真使用――の重要性を確認するとともに、アーカイヴをつねに攪乱するイメージの物質性に対する認識を新たにした。セクーラの Fish Story (2nd ed., Richter Verlag, 2002)に収められた長大な論考 "Dismal Science" は、エイゼンシテインの映画やウォーホルの Brillo Boxes を「交易」の観点からとらえ直す視座を提供している。ベルティングの『イメージ人類学』(平凡社、2014年)はロシアを直接扱ったものではないが、「イメージ」を「ピクチャ」から分離し、イメージを作りだし/知覚する「身体」を「メディウム」と捉えようとするその姿勢は、ロシア・アヴァンギャルド美術史を考えるうえでも示唆にとむ。
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今後の研究の推進方策 |
1.小説論では、(1)ドストエフスキー『白痴』の検討を継続する。ドストエフスキーの創作ノートにみられる顔のスケッチ、およびノートと作品に共通して見られる要素としてのカリグラフィーを、同時代のトゥルゲーネフのサークルにおける「肖像画遊び」の実践とも比較しながら検討し、小説中のヒロインの顔の写真と、一見したところ関係がないようにみえるムイシキンのカリグラフィー実践の内的連関を明らかにする。(2)『悪霊』、とりわけ作家の生前には発表されなかった章「チーホンのもとで」のテクスト分析を完成させ、その成果を反映した新しい翻訳を刊行する。(3)比較文学史的な観点から、二葉亭四迷、夏目漱石らの近代日本小説における顔の問題を検討する。 2.芸術論では、マレーヴィチの作品および理論的著作の検討を継続し、マレーヴィチに強い影響を与え、あるいはマレーヴィチと問題を共有していたと思われる同時代人――フロレンスキー、パヴロフ、ヴィゴツキー、バフチン、エイゼンシテインほか――の著作を検討する。 3.理論面では、ドストエフスキーからマレーヴィチにいたる「顔」の表象可能性/不可能性の問題を、キリスト教における神の顔の表象可能性/不可能性の問題(聖像崇敬派と聖像破壊論者の論争)から考察する。ブザンソンやモンザン=ボディネらのイコノクラスム論、ベルティングのイコン論(Besancon, The Forbidden Image, The Univ. of Chicago Press, 2000; Latour and Weibel, eds., Iconoclash, MIT Press, 2002など)が有効な手引きとなるはずである。上記2と3をあわせ、論文にまとめる。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成26年度に予定していたロシアでの資料調査の時期が秋から冬にずれ、校務の関係で日程も短縮せざるをえなかったため、旅費に差額が生じた。また、同じく予定していた北海道大学附属図書館および同スラブ研究センターにおける資料調査に赴くことができなかった。
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次年度使用額の使用計画 |
前年度までの資料調査で判明している不足資料について、ロシア(モスクワの国立図書館、ペテルブルクのナショナル・ライブラリー)ないしフィンランド(ヘルシンキの国立図書館)での追加調査、および北海道大学附属図書館・同スラブ研究センターでの調査を予定している。
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