ポール・ヴァレリーの詩集の中で『若きパルク』や『魅惑』といったヴァレリー成熟期の作品は、すでに何度か日本でも翻訳され、さらには改訳もされてきたし、その研究もかなりの程度進んでいるといえる。しかし、ヴァレリーの初期の詩編のなかには、まだきちんとした校訂がなされていないものも多く、ヴァレリー研究のなかでは一番遅れた分野だと考えられてきた。今回の科研費を受けて、わたしはパリのフランス国立図書館、ならびにブリュッセルのアルベール1世王立図書館、さらにはコペンハーゲン大学の附属図書館を訪れ、そこに保存されている資料をもとに、2009年にフランスで公刊されたヴァレリーの中学生から高校生の時期に書かれた詩編を集めたCahier de Cette(セット手帖)がまず資料として信用するに足るものかどうかを確認いたしました。そして、その作業をもとに、この詩編に含まれている詩27編をすべて日本語に移し替えるとともに、詩集の解題をおこないました。もちろんこの詩集が原語のフランス語から外国語に移されたのは世界で初めてでありますし、今後のヴァレリー研究に大いに寄与するものと思われます。この詩集翻訳の一番大きな意義は、これまでほとんど解明されてこなかった、ヴァレリーの青年期の読書の内容、さらには影響関係を明らかにした点、そして、ヴァレリーが作家として成長していくために、ヴィクトル・ユゴーやジェラール・ド・ネルヴァルといった先人たちの詩の文体研究をするとともに模作までしていたことを証明した点にあると思われます。
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