本研究が主題としたヘルメス的伝統とケンブリッジ・プラトニズム、「世界の複数性」との関係に関して、最終年度はとくにバロック期の知的巨人アタナシウス・キルヒャーに焦点をあてた。キルヒャーこそは、ヘルメス的伝統も包摂される「古代神学」を信奉し、神学的かつ哲学的叡智すべてがエジプトという一つの根源から派生したと考えた。キルヒャーがこの知的傾向から「世界の複数性」にいかに対処したかを検討し、これをケンブリッジ・プラトニスト、カドワースの知的態度と比較して、『キルヒャーの古代神学的宇宙論-「普遍的種子」と「シナのイシス」』(『19世紀学研究』9号)として報告した。一方、研究タイトルに掲げる「宇宙論的神学」に関しては、「自然即神」という観点から「豊穣の女神」に焦点をあてて考察を深め、その具体的様相を比較文化的な構図の中で捉えた。その成果は共著の中で報告した(中村靖子編『虚構の形而上学-「あること」と「ないこと」のあいだで』春風社)。また「豊穣の女神」を、ヘルメス的伝統のシンボルであるイシス神のひとつの相として捉え、このイシス神に混交的に包摂される前段階にあると考えられる様々な女神たちに関して、その具体的な祭祀の様相を探るべく地中海圏の各地(エフェソス、ペルガモン、エレウシス、ブラウロン、クークリア)において調査を行った。イシス神および「豊穣の女神」が、ヘルメス的伝統のモットーである「ヘン・カイ・パン」に及ぼした影響に関しては、イシス神そのものへのさらなる研究が多面的に必要であることが認識された。「ヘン・カイ・パン」の、ドイツ近代における思想的意味づけに関しては、ライプニッツ、シラー、レッシングの各著作を対象として研究を行い、この成果は研究論文『シラーの美的「群体」とトランブレーの「ヒドラ・ポリプ」』(共著『新しい人間の設計図』青灯社、所収)において発表される。
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