今年度のおもな研究成果としては、2本の論文があげられる。一つは「『オデュッセイア』のエウリュクレイアをめぐって」であり、もう一つは「アルカイックのギリシア詩人のいくさ歌』である。 前者は昨年度、大阪大学で口頭発表した内容をまとめ、論文として発表した。2012年の口頭発表と学会誌で、オイコス(家)の再構築を目指す作品後半の主題の3つの関係軸を指摘した。今回はその複合的な展開のうち、乳母で女中頭のエウリュクレイアに焦点を絞り、作品中でのその機能を分析した。彼女の言動をテクストに沿って仔細に検討し、女中頭の彼女が納戸の扉を開閉する行為と、テレマコス/オデュッセウスの秘密を彼女が口外するか守秘するかということとが連動していることを示した。次に第19歌の足洗いの場面での発見的再認について、主人公の秘密を知った彼女がそれを口外するか守秘するかがそれ以降の展開を左右する重要な転回点であることを、足の傷への言及を含む他の場面との比較から明らかにした。最後にエウリュクレイアの提案をオデュッセウスが拒否する事実を明らかにし、各場面の構造を分析しその意味を考察した。その結果、主人は召使いの提案を拒否することによって自らがオイコスの主人であることを誇示する機能があることを明らかにした。 後者は『文学』のいくさと文学特集に寄稿した論文である。おもに『イリアス』およびテュルタイオスやアルキロコスなどのエレゲイア詩を取り上げた。『イリアス』についてはこれを戦記物として読むのではなく、戦争の悲惨を余すところなくえがくとともに、勝者と敗者が理解し和解し合う接点として人間的共感を力説した。またエレゲイア詩については、とりわけテュルタイオスについて兵士を戦場に駆り立てる言葉の力を分析した。すなわち勝利の名誉という光と敗北の悲惨という影のコントラストが強ければ強いほど、言葉の訴求力が高まることを指摘した。
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