本研究の集大成である著作『翼ある夜 ツェランとキーファー』(みすず書房)が7月に刊行される。本書はパウル・ツェランとドイツ人の画家アンゼルム・キーファーを中心に置き、言葉(詩)とイメージ(絵画)の2つのジャンルを自在に往復しながら、ユダヤとドイツの歴史、精神を徹底的に検証する。扱う詩人・芸術家はこの両者だけではなく、インゲボルク・バッハマン、アーダルベルト・シュティフター、ハインリヒ・ハイネ、リヒャルト・ヴァーグナー、フリードリヒ・ニーチェ、ポール・オースター、エドモン・ジャベスらも含まれ、テーマとしては錬金術、カバラ、戦争と飛行機、書物、映画などにおよんでいる。様々な形象やテーマからツェランとキーファーの近さと遠さ、すなわちユダヤ性とドイツ性の葛藤が歴史的文脈の中で浮かび上がるように構成されている。その結節点となるのが、Bild(詩的形象/視覚的イメージ)である。2014年度に行った3度の学会発表、および1本の論文は、それぞれ本書の1つの章をなしている。 これまで私はツェランを中心に研究を進めてきたが、本書ではツェランの詩にインスピレーションを受けて制作しているキーファーというドイツ人の現役の画家ふたりを、いわば楕円上に配置し、複眼的考察を行った。必然的に第二次世界大戦ややユダヤ人虐殺なに関わる(集団的)記憶をいかに保存するかという問題にもかかわり、最近の原発問題ついても触れた。 パウル・ツェランとブコヴィーナの問題はやや背景に退いた感があるが、本書でも、若き日のツェランについて随所で述べられ、とりわけ『ニーベルンゲンの歌』が初期の詩作に及ぼした影響を考察している。ブコヴィーナについての独立した書物は次の課題として残されたが、本書の問題設定は今後も引き継がれていくことになる。
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