研究課題/領域番号 |
24520386
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 東京外国語大学 |
研究代表者 |
宇戸 清治 東京外国語大学, 大学院総合国際学研究院, 教授 (30185053)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | タイ近代文学 / 文学テクスト / コード分析 |
研究概要 |
1.タイ近代小説の叙述形式を含めた構造的特質、人間認識の方法やモチーフ、登場人物の自然観や行動様式の分析を通じて、各作品中に通底するタイ人の思考様式(認識方法)やその時代特有の心性を明らかにするため、2012年度は農村・農民を描いた小説ジャンルを題材として、人物像の描写や社会認識を「読みのコード」(読者への読みの指標)を主要ツールとして分析した。具体的成果としては、タイ近代小説が成立した1930年代~1980年代までの、農村・農民を描いた諸作品の比較分析を通じて、作者、題材、思想(農村・農民認識)、語りの方法などが以下の4つの時期に弁別できることが明らかとなった。(1)近代文学から太平洋戦争中まで:作者も読者も近代教育を受けた知識人である。主潮はモダニズムと人道主義で、農村・農民は観念としてしか登場しない。(2)戦後~1973年民主政変まで:ヒューマニズムとリアルな農村・農民描写が混在した時代であるが、前者が優勢。(3)1973年~1982年まで。「生きるための文学」派の復権で、社会主義リアリズムに則った文学テクストではイデオロギー優先の傾向が強いが、農民や田舎教師出身の作家の登場で、はじめて農村の日常がリアルの描かれるようになった時代でもある。(4)1982年以降:チャート・コープチットが『裁き』で、従来のイデオロギー優先の観念的な農村・農民描写に終止符を打った。 2.2012年度の研究の意義は、人道派と呼ばれたシーブーラパーやセーニー・サオワポンなどの作品が、現実のタイの農村・農民の実像を描ききっておらず、かえってドークマーイ・ソットに代表される上流階級出身の作家の方が、自らも社会階層を没落する過程でタイ農村社会の本質をリアルに捉えていることが解明でき、従来の近代タイ文学史に新たな視点を加えることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1.研究目的に記載した項目順に達成度を記述する。 (1)物語構造に見る通時的特質の究明:いずれも長編大作である『王朝四代記』『東北タイの子』『大王が原』に関する批評を収集し、その分析・批評を踏まえて、テクストを読み進めている。物語の「数珠繋ぎ構造」という特質が明らかとなり、『水滸伝』など一連の中国近代小説との共通点が見えてきた。2013年度はこの分野の研究をさらに深める必要がある。 (2)人間、社会、自然認識の比較分析:2013年度は農村・農民を主題とする約30作品のコード分析を通じて、1982年までのテクストが現実の農村・農民の描いていないこと、そのイデオロギー的理由を明らかにできた。なお、その成果は『東京外国語大学論集86号』に「短編『良き国民』に見られる種々のコード:ドークマーイ・ソットの描いたバンコク人と農民の価値観」のタイトルで掲載予定である(原稿提出、掲載認可済、2013年6月発行予定)。 (3)小説ジャンルを文学社会学的観点から見た場合の価値意識の分析:タイの近代文学には独自の探偵・推理小説がなく、虚構の世界に遊ぶ遊戯感覚や、山岳小説、芭蕉のような紀行文学の欠如が見られることが明らかとなった。2013年度以降は、さらに芸術や匠芸が文学テクストでどのように扱われているかを研究することで、タイ文化全体に占める文学の比重について、その実際と理由を明らかにしていく。
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今後の研究の推進方策 |
1.研究計画に記載した項目順に今後の研究の推進を記述する。 (1)タイの近代小説の構造的特質についての比較研究:収集した文献の分析を進めると共に、随時「タイ近代小説の物語構造とその特質」と題する公開講座を開く。また7月に開催される日本タイ学会の文学セクションで、コーディネーター・コメンテーターとしてタイ研究者にこれまでの研究成果を発表する。 (2)タイ国内での調査・資料収集と研究会:現地語文芸誌『本の世界』(1977~83)、『本の道』(1983~87)、『ライター・マガジン』(1992~99)の欠番の収集を進めると共に、これら過去の文芸誌に掲載された文芸批評目録を作成し、内容分析を進めて本研究に生かす。さらに、現在発行中の『ライター』(2011~)編集長以下、文芸同人の作家たちとの間でタイ近代文学の成果と課題をめぐる複数回の研究会を開催し、その成果が現地語で当該文芸誌に掲載されるよう要請する。また、タイの大学の文学研究者との間で「タイ近代文学の抱える諸問題」と題する研究会を開く。 (3)研究成果の発表、翻訳、刊行:東京外国語大学タイ文学研究室が主体となって季刊『東南アジア文学』を再刊し、広く国内外の東南アジア文学研究者を同人として、論文、文学批評、作品翻訳、動向紹介、邦訳された東南アジア文学目録を収載、当該地域の文学研究の発展に資する。
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次年度の研究費の使用計画 |
該当なし
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