今回は、『随録詩集』第二編後半の杜詩以下~陳チツ〔金+至〕までの中国の詩人、及び菅茶山~老佛までの日本詩人を翻字し、解題を付した。概略的にいえば、菅茶山・梁川星巌・広瀬旭荘らの日常詠(田園・病気)、藤井竹外らの詠史詩、藤森弘庵・大沼枕山・中根半仙らの四季詩に、子規の関心の典型を見ることができよう。また「粲雪別草」(富士のよせ書)は、講談社版と子規自筆写本とを校勘した結果、子規写本が正しく講談社本は誤字が少なくないことが判明した。これを一覧表にして掲げた。 次に『同』第一編の翻刻・解題を行った。構成上は『先哲叢談』に始まり、日本漢詩人(全国→地方〔伊予→讃岐→伊予〕)の順に筆写される。内容としては、田園・散水・詠史・詠懐・歳時・風俗・紀行・名勝詩などであるが、加えて時事詩や海外詠も取り上げていることも注目される。 もう一点子規自筆本『観山遺稿』の翻字・解題を行った。『観山遺稿』の活字版である『蕉鹿窩遺稿』と校勘すると、種々異同が発見された。そこで子規記念博物館蔵「観山遺稿」(廿一歳ヨリ東都留学中作)とも照合した結果、これも子規本とは全く異なることが分かった。大まかに図式すると、原本「観山遺稿」→子規の写本→『蕉鹿窩遺稿』というプロセスが考えられる。しかし、さらに調査していくと、大原家宅より「観山遺稿」四種が新たに見つかった(「少年作」「自十五六以来二十歳」「観山遺稿(全体)」「観山遺稿」(草稿))。内容を分析してみると、これらは観山の一連の所作をほぼ編年式に自編したものと思われるが、現在翻字を開始したばかりであり、その詳細は今後の課題である。
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