前年度にひきつづき、イスタンブルのスレイマニイェ図書館、トプカプ宮殿図書館、フランス国立図書館、ベルリンの国家図書館のペルシア語古写本、テュルク語資料を、漢籍、モンゴル語・イタリア語・ラテン語・アラビア語等の諸資料と照合しながら分析し、校訂・訳注作業を実施した。また、昨今流行のモンゴル時代/ポスト・モンゴル時代の命令文研究が、個別の文書の簡単な訳注に終始し、全体像・最終目的がまったく見えてこないこと、最初の紹介者・校訂者に敬意を払わず、微瑕をあげつらう業績稼ぎの場と化していること等への警鐘の意を込め、あえてジャライル朝(フレグ・ウルスの後継国家)のスルタン・アフマドがアルダビールのスーフィー教団に発令した文書をとりあげた。そして、①フレグ・ウルスの歴代カンが、大元ウルスのカアンの認可のもとに即位し、カアンから下賜された漢字の印璽を用い、カンに仕える有力な丞相たちも漢字の職印・称号をカアンから下賜されていたこと②各ウルスの行政用語(とくに徴税・戸籍作成等)・特殊概念に関して、明らかにテュルク・モンゴル語を中心に介した各種言語の対照表や翻訳辞書が存在し、書記たちがそれを参照していたこと③フレグ・ウルスやその後継勢力のカン・王族たちが発令した各種命令文、『集史』の「チンギス・カン紀」全般、「ガザン・カン紀」収録の令旨を翻訳する場合、原文のモンゴル語を意識して、『元典章』等の直訳体・用語を参考にし、当時のペルシア語と漢語の行政用語の対応を明確にしてゆく必要があること、④建国初期よりモンゴルの統治下では、ムスリム商人・ウイグル商人たちの為替手形が、高額紙幣として用いられており、大元ウルスにおいては、カラ・ホトから出土した大量の糧食支給に関する文書・半印勘合帖子、『元典章』以下の漢文資料に見える“支帖”がそれらに該当し、書式も踏襲されていること、などの事実を明らかにした。
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