研究課題/領域番号 |
24520392
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
道坂 昭廣 京都大学, 人間・環境学研究科(研究院), 教授 (20209795)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 中国古典文學 / 写本 / 日中比較文学 / 初唐文学 / 王勃 / 駢文 |
研究概要 |
当該年度、日本に伝存する初唐の文学者王勃の作品集について、①データを収集し、②翻刻を行った。③保存と発見の経緯ついて調査を行った。以上の基礎作業ののち、王勃の作品のうち、中国に伝存するものについては校勘を行い、文集編纂当初の文字を復元することに努めた。この作業によって、日本に伝存する王勃集が、テキストとして優秀であることを確信した。そのことを証明するため、論文として考えをまとめた。それらは日本だけではなく、中国の学術雑誌にも発表した。またこのような作業・考察の進展により、同時代及びやや後の時期の日本漢詩文に対する調査が作業に加わった。奈良朝から平安初期の漢詩文作品は、個々の作品が、中国の個別の作品からどのような影響を受けているか(模倣しているか)が、従来の考察の中心であったと考えられるが、本研究は『懐風藻』の序を中心にして、日本における中国文学の受容が作品個々の受け入れたと考えるより、文化システムとして、文学創作の場全体を輸入したのではないかという仮説を得た。これについては、11月に韓国・成均館大学で開催された国際学会において報告した。 次に、文字の翻刻とともに、注釈作業にも着手した。具体的には正倉院蔵「王勃詩序」の内の、佚文及び、『王勃文集』卷28・29・30と考えられる部分に採録されていた作品群をその対象としている。その際、ある種のジャンルの作品は、敦煌文書との語彙に一定の共通性があるということに気づき、それらの語彙・句作の共通・相違について検討を行なっている。また、王勃の作品の語彙が初唐の文学者の作品にも共通することが分かったので、この注釈作業は、王勃個人の作品の注釈であるとともに、初唐における文学傾向を把握することを最大の目的として、作業を継続中である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
最大の成果は、正倉院等に伝存する『王勃文集』の作品が、テキストとして優れていることについて幾つか発表できたことである。その結果として、日本伝存の『王勃文集』が王勃研究、初唐文学研究において、必ず参照しなければならないテキストであることについて、中国の学界においても基本的な理解が得られたのではないかと考える。日本の古写本がテキストとして優秀であることは広く再認識されつつあるが、本研究もその機運に寄与できたのではないだろうか。テキストの翻刻・校勘は『王勃文集』については、基本的にその作業を終えることができた。またデータベースとして公開する準備も行っており、それについても作業は進展している。また、このような作業の過程で、王勃の作品が、彼個人の文学に対する見直しを要求するものであること、また同時代文学、更には日本文学に大きな影響を与えていたことが判明した。そのため当初考えていた読解・注釈より以上に、そのような調査を反映させる必要があると考えるにいたった。よって、当初の計画で予定していたより、より慎重かつ広範な文学作品から調査が必要となった。このためこの作業については、計画より遅れている。 本計画は、この調査で得られた知見や整理した資料を、国内ばかりでなく中国をはじめとする東アジア漢字文化圏の研究者にも報告・公開し、広く情報を共有することを目指している。もちろん、電子メール等を利用し、中国・台湾・韓国の研究者たちと意見の交換、資料の相互提供は実施したものの、当該年度は、周辺環境の不安定など、さまざまな外的理由により、当初計画していたほど、十分な報告や情報の発信はできなかった。また、同様の理由により、特に国外の写本や刊本などの必要なテキストの調査・校勘が実施できなかった。
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今後の研究の推進方策 |
本計画全体の進展状況から考え、昨年度不十分であった、国内外の資料調査を積極的に行う。併せて、本計画で得られた知見についての報告を基本的な目的として、国内外の研究者との情報交換と意見交換を行う。また昨年度の作業により、日本にのみ伝存する王勃作品が、従来予想されていた以上に重要な意味を持っていることが次第に明らかになりつつある。そのことの証明と論証を行い発表する。次に、現在行っている校勘・注釈の作業を進め、それらが国内外研究者共有の資料として利用できるように整理・公開する。この計画推進のため、まず、継続中の注釈作業を進展させる。この作業推進のために学内外の研究者の参加を要請し、定期的な研究会の開催を計画する。また、注釈については、典拠の指摘は当然であるが、同時代の中国の文学者の作品との関連、また日本の文学作品に対する影響を考慮に入れる必要があることが判明したので、それらの作品も調査の対象とする。作業量が膨大になることが予想されるため、近年続々と世に出てきている検索ソフトを積極的に利用する。 陳尚君輯『全唐文補編』をはじめ、日本伝存の佚文が中国でも利用しやすくなっているが、写本そのもののデータと対校してみると、誤りが見られる。またそのことによって断句についても編纂者によって違いが見られ、その結果、解釈にも違いが生じている。それらの校勘補正、更には新資料の補足といった作業が行われなければならない。これは本研究が当初より計画していたものであり、少なくとも翻刻のある資料については、校勘を行う。そのために紙媒体ばかりでなく、電磁的データも収集を行う。 上記の作業の成果を、情報として広く公開するためには、日本語だけでなく、少なくとも中国語でも発信することが必要であると考えている。そのため中国語を母語とする研究補助者の協力を計画している。
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次年度の研究費の使用計画 |
研究費使用計画は大きく二つに分けられる。一は、調査や研究会実施のための費用である。即ち、昨年度さまざまな事情により充分に実施できなかった国内外の資料調査を実施する。具体的には、図書目録等で存在が明らかでありながら、紙媒体または電磁的資料として公開はされていない資料が数多くある。特に写本等においては、所蔵先に赴き実見する必要がある。また校勘の為の資料として、日本だけでなく中国・台湾に比較的古い刊本が保存されているが、これらについて調査を行う。次に、日本伝存テキストについて、より広く国内外に情報を発信することは、本科研の目的の一つである。そのために、報告書等の作成とともに学会等への積極的な参加を計画している。その他にも、韓国・中国・香港・台湾のそれぞれの国地域の関係研究者と連絡を取り合あい、国内外で幾つかの研究会やシンポジウム・ワークショップなどの開催について既に昨年度において計画してあるので、それらを具体的にスケジュールを決め実施する。 研究費使用計画の二は、昨年の読解・注釈作業を通して、当初の計画より大幅に調査の範囲を広げる必要のあることが判明したために生じた。その作業の重点は二つある。一は、読解・注釈作業の基礎として、文字を確定し、翻刻しなければならないが、比較対照等の用途として、特に日本の古写本のデータを収集する。二は一の作業と並行しつつ行う注釈である。これについては、所謂正統的な文学作品を利用するだけでは不十分である。より正しく解釈注釈を附するために参考とする資料として、日本の資料としては、少なくとも平安末までの漢字文献、また中国においても、例えば敦煌文献や、近年発見が相次ぐ出土墓誌などを含める必要がある。それらは日中ともに、最近データベース化が進みつつあるので、積極的に利用する予定である。
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