本研究は多和田葉子の作品の演劇化、並びに多和田本人によるパフォーマンスに関する調査と分析から、多和田文学における演劇性の意味について考察するものである。 研究期間に実施した実地調査の対象は、劇団らせん舘による公演、多和田の朗読会やインスタレーション、ジャズピアニスト高瀬アキとのパフォーマンスである。最終年度はその継続調査を進めるとともに、『百年の散歩』の舞台をめぐるフィールドワークを実施し、作中に登場する劇場についても調査した。また研究期間中には「越境する文学の諸相―ことばを越える・ジャンルを越える」をテーマに据えた国際シンポジウム(主催:お茶の水女子大学比較日本学教育研究センター)、多和田葉子公開講演会「犬婿から白熊へ―本という不思議な動物」(主催:お茶の水女子大学グローバルリーダーシップ研究所)を企画した。前者では、高橋睦郎氏による東日本大震災をめぐる詩、短歌、俳句の可能性に関する講演、日中バイリンガル詩人・田原氏によるバイリンガル作家の再定義、稲賀繁美氏による翻訳に対する捉え方の刷新、郭南燕氏による日本語を母語としない書き手による日本語文学に関する報告がなされ、そのプログラムの中で、多和田の戯曲「夕陽の昇るとき~STILL FUKUSHIMA~」とその公演の現代的意義について報告し、討議した。後者は作家本人を招いた講演会で、「事件」や「魚説教」の朗読を交ながら、〈本という不思議な動物〉との関わりから作家多和田葉子氏の歩みをご講演いただき、創作における朗読という営為の意味についても来場者とともに考える場となった。 以上から、言語の境界とともにジャンルの境界をも超え、演劇、パフォーマンス、朗読等の鑑賞者の知覚や認識に強く訴えかける形式を積極的に取り入れ、新しい発見をもたらそうとする多和田文学のありようを確認した。
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