日本語の複合動詞形成に関するアクセント特性について考察し、音韻論的な分析を提示した。日本語動詞には語彙情報としてアクセントをもつもの(起伏型)と無アクセント(平板型)があることが知られている。そして、このアクセント情報は転成名詞に引き継がれ、アクセント動詞からは尾高の転成名詞が、そして無アクセント動詞からは平板型の転成名詞が派生される(例:「歩き」と「登り」)。また、日本語には動詞語幹を重ねた複合動詞が存在するが、この複合動詞は必ず起伏式アクセントをとるという特徴がある(例:書き+いれる=書き入れる、登り+始める=登り始める)。アクセントに関して言えば、複合動詞は、その構成要素がもつアクセン情報にかかわらず、必ず起伏型のアクセントをとるのが大きな特徴である。つまり、複合動詞はあたかもアクセント動詞であるかのような振る舞いを示すわけである。しかし、複合動詞から転成名詞を派生させると、今度はそのアクセント型がことごとく平板になるということが知られている(例:「書き入れ」「書き込み」「登り始め」等)。このような事実を理論的にどうとらえればいいのかを検討した。形態論的な性格として、複合動詞はその主要部が決定できないということが先行研究で指摘されているが、本研究では、そのような事実を「複合動詞には語彙情報としてのアクセントが存在しない」という根拠として利用した。複合動詞から派生した転成名詞がことごとく平板型になるのは複合動詞が語彙情報としてのアクセントをもたないためであるというのが結論である。他方、複合動詞がもつ見かけ上のアクセントは「複合語はアクセントをもたなければならない」という複合語に関する制約によるものであるという分析を提示した。研究成果は学会誌と単行本への寄稿によって示した。
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