本研究では、ベトナム語圏の伝統音楽の語彙(歌詞)と、メロディー、リズムの対応形式を調査することにより、ベトナム語における、新たな韻律的特徴を見出そうとするものである。具体的には、ベトナム語圏の「となえうた(chant)」「わらべうた」を研究資料とし、その語彙に含まれる言語情報が、メロディー、リズムにどのようにマッピングされているかを見定め、それに基づき、ベトナム語の表層における新たなアクセントパターンの一端を明らかにすることを目的としている。 本研究は、過去の研究に基づき、伝統音楽の冒頭部分にアウフタクト(=Auftakt [ドイツ語]、英語では Upbeat)が生起する傾向にあるか否かは、当該言語の表層において強勢(stress)が弁別的(contrastive)か否かによるという前提に立つ。すなわち、表層において弁別強勢(contrastive stress)を持つ言語の伝統音楽にはアウフタクトが頻繁に観察されるが、弁別強勢を持たない言語の場合はそうではない。例えば、前者には、英語、ドイツ語等が含まれ、後者には、日本語(高低アクセント言語)、北京語(声調言語)が含まれる。 本研究の調査において興味深いことが明らかになった。すなわち、従来の言語類型に基づくと、ベトナム語は声調言語であり表層における弁別的強勢の存在は予測されない。しかしながら、本研究期間中に収集した文献資料(幼児のためのとなえうた、わらべうた集及び学童のための音楽科の教科書数セット)の調査によると、ベトナム語のわらべうた、どなえうたには、アウフタクトが頻繁に生起する。またその頻度とうたが作られた年代との相関関係は確認できない。この結果は、ベトナム語の表層における強勢の存在を強く示唆するものである。
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