本研究は、主として日本語の心理動詞の使役構文研究において、概略、二種類の結果を出した。 一つ目は、非対格自動詞と使役 -(s)ase の接辞化可否のメカニズムの考察とその形式化を構成性の原理に基づいて行ったことである。 非対格自動詞は使役接辞 -(s)ase に付加しない/付加しにくいと指摘されているが(例、「*木をあらせる」「?物価を上がらせる」(寺村 1982: 291)等)、非対格の心理自動詞は難なく使役動詞になり得る現象(例、「驚かせる」「喜ばせる」等)、および、「監督読み」と呼ばれる非対格自動詞の使役構文の例の分析を行った。一見例外的な使役構文をもとに、-(s)ase 補文の動詞句が表す出来事の開始時点の可視性(visibility) が V と -(s)ase の接辞化の可否を左右するということを示し、素性構造を用いてそのメカニズムを形式化した。 二つ目は、照応詞「自分」が後方の名詞句に束縛される後方照応の現象についての考察がある。心理動詞構文における「自分」の後方照応の現象は古くから指摘されている問題の文法現象であるが、本研究では、特に「自分」が現れる主語の名詞句の構造に注目した点が新しい指摘である。例えば、「自分iの噂が太郎iを驚かせた」では後方照応は可能であるが、「自分*i/jの意見が太郎iを驚かせた」では「自分」は後方の「太郎」ではなく、この文の「話者」の読みが強くなる。主語名詞句の統語構造を心理使役構文の主語位置に埋め込み、束縛理論によって「自分」の後方照応可否の理由を分析した。 最終年度は、上記の過程において生じた問題、出来事開始時点をあぶり出すために用いた言語テスト V-kake の結果の曖昧さから(例「驚きかける」は実際に驚いているのかどうか)、統語的複合語のアスペクト補助動詞がモーダル補助動詞にシフトする現象の研究に発展している。
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