研究課題/領域番号 |
24520448
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
佐藤 知己 北海道大学, 文学研究科, 教授 (40231344)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | アイヌ語 / 音変化 / 両唇摩擦音 / 声門摩擦音 / 古文献 |
研究概要 |
曹洞宗の僧侶空念の記したアイヌ語彙集を所蔵先の福井県の寺院で撮影、調査した。この「松前蝦夷地納経記」という書物は奥書に宝永元年(1704)とあり、成立年代が明記されたものとしてはこれまでのところ最古のアイヌ語文献であり、アイヌ語の歴史を明らかにする上で貴重な手がかりとなることが期待される。実物を子細に検討した結果、写真では判読不能とされた部分の中にも判読可能な箇所があることがわかり、さらにテキストの精度を高めることができる可能性のあることがわかった。また、用字を詳細に検討したところ、現在知られているアイヌ語の音声、音韻に関する知識では解釈困難な特色が見られることが明らかとなり、この点はおそらく現在のアイヌ語とは異なる音声的特色を表したものである可能性が高いことがわかった。その最も顕著な点は、現在のアイヌ語では/hu/という音素連続に相当する場合の表記である。相当する語の表記の中に、これらを「く」で表記している例が散見される。現在のアイヌ語では、この音素連続の語頭子音は両唇摩擦音であり、日本語の「ふ」と同様な発音であることが知られているが、このような音声的特徴と「く」の表記とは両立しがたい。この表記の意味するところは、おそらくはこの時代のアイヌ語の発音が現代とは異なっていたことを示すものではないかと思われる。この音節の語頭子音は、両唇音ではなく、声門摩擦音あるいは軟口蓋摩擦音であった可能性があると思われる。このことは、現在でも/ha, he, ho/の子音が声門摩擦音であることを考えれば体系的にも支持されるものである。語彙や文法の面でも現在と異なると思われる特徴がみられ、貴重な資料であることが明らかとなった。他にも古い資料を平行して収集、分析しつつあり、体系的に古いアイヌ語の特色を明らかにしつつある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初、その重要性から調査を急ぎたいと考えた古文献の収集、分析を予定通り進めることができたため、今後の調査の基礎となる知見を得ることができた。また、他の重要文献についても所蔵先との交渉、調査を順調に進めることができ、今後の調査に必要な文献を複写収集することができた。また、代表者の所属先の附属図書館の協力により、これまで知られていなかった極めて稀覯なアイヌ語の古文献を新たに購入することができ、さらに体系的な研究を進めるための資料を得ることができた。
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今後の研究の推進方策 |
前年度に引き続き「納経記」の研究を進める。その際、正確な成立年代は明らかでないが、より古い記録であるとされる天理図書館所蔵の「松前ノ言」との比較を念頭に置きながら、アイヌ語の古い特徴の分析を進める。また、より新しいとされるが、詳細な分析がなされていない各資料との比較分析作業も進めて、より体系的な分析を行うことをめざす。
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次年度の研究費の使用計画 |
文献複写費(「蝦夷チヤランケ ほか1式」)249,805円 (未使用額249,805円は平成24年度中に行った上記文献複写の代金であり、業務自体は平成25年3月中に終了しているが、支払処理が平成25年4月末日となっているため、平成24年度の残額として報告する。)
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