研究課題/領域番号 |
24520448
|
研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
佐藤 知己 北海道大学, 文学研究科, 教授 (40231344)
|
研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2017-03-31
|
キーワード | アイヌ語 / 古文献 / アイヌ祖語 / 長母音 / 高低アクセント / 合成語 / 音変化 |
研究実績の概要 |
日本歴史言語学会での講演「歴史言語学の方法とアイヌ語史の諸問題」2015年12月19日において、文献学、比較方法、言語地理学、内的再構、言語類型論の各視点からアイヌ語史の問題を総合的に論じたが、その中で、古文献が随所で重要な含意を持つ事を本研究でこれまで蓄積してきた成果に基づいて具体的に明らかにした。特に、18世紀初頭のアイヌ語資料である「犾言葉」(福井市立歴史民俗博物館蔵)は、これまで定説となっている服部四郎による比較方法に基づくアイヌ祖語の再構について再考を促す可能性があることを述べた。服部の再構は、樺太方言の長母音を祖語の特徴の残存とみて、他方言の高低アクセントは新しい変化によって生じたものとするが、古文書資料はこの仮説に対して不利な証拠を示す。古文書資料は北海道方言においても弁別的でない母音の長音化がかつては存在したが、弁別的特徴になるまでにはいたらなかった事を強く示唆している。従って、樺太方言の長母音は祖語の特徴とは必ずしも言えない可能性があることになる。しかしながら、服部の仮説は、古文書資料からまた新たな検討を必要とする興味深い点も持っていることも明らかとなった。前記「犾言葉」は服部の仮説や樺太方言でも容易に説明できない不可解な長母音的表記を含んでいる。この特徴は北海道方言の合成語における例外的なアクセントパタンと対応していることが明らかとなった。このことは、アイヌ祖語にこれまで知られていない子音音素があったことを強く示唆し、長母音やアクセントの発達を考える上で重要な知見と言える。この他、相対的に古い時代に属するとみられるアイヌ語古文献を新たに発見し、内容の分析を行うと同時にその年代を推定するため、関連資料の文献学的な研究を平行して行った。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
17世紀にさかのぼる確実な資料はまだ見つかっていないが、18世紀初頭に属するとみられる文献を新たに発見し、分析を進めている。この時代のアイヌ語の研究は、これまでほとんど手つかずであったと言えるが、本研究によって、今日知られている主な文献についてはほぼ主要な点については見通しが得られたと言ってよい状況にある。また、18世紀後半から19世紀前半にかけての文献についても引き続き分析を進めており、当初予定していた範囲の年代に属する主な文献に関しては、ほぼ見通しが得られているので、その意味では順調に研究は進んでいると言える。ただし、17世紀以前の年代が確実な資料を発見して分析する、という目標はまだ未解決のまま遺されており、今後も引き続き努力する必要がある。この点は時間をかけて辛抱強く探索するしか方法がなく、本研究に関連する重要な課題の一つと言える。
|
今後の研究の推進方策 |
年代の明らかな最古の文献にまでさかのぼってアイヌ語史を検討する、という課題は一応達成されたといってよいが、それよりもより古い17世紀以前の、年代が確実な資料を発見して分析する、という目標はまだ未解決のまま遺されている。これについては今後も引き続き努力する必要がある。このようなテーマでの研究は非常に少なく、資料の所蔵先でも関心が薄いために、たとえ存在していたとしても、これまでは知られることがなかった可能性が高いと考えられ、今後の努力によっては新たな資料が発見される可能性は大いにあると思われる。本研究の成果を様々な形で公開して、この種の資料の言語学的な重要性を広く知らしめる努力を行って、広く関心を喚起する努力をして、資料の発見を促していく必要があると言える。ただし、この点は時間をかけて辛抱強く探索するしか方法がなく、本研究に関連する重要な課題の一つと言える。
|